第16話 『平凡令嬢』の婚活終了


 ───約1年後。王立学園卒業パーティー。




「……お前、『平凡令嬢』に今日のパーティーのパートナー申し込んで断られたんだって?」


「去年公爵令嬢にコテンパンにやられたのに懲りないなぁ。そんなに好きならもっとまともなアプローチをすれば良かったのに」


「……うるさい。卒業寸前になっても婚約者がいる様子がないから『もしかして』と思って誘ってみただけだよ。……最近は結構綺麗になってたし……」



 男子生徒達が噂していると、入口から1組の男女が入って来た。彼らは何気なくその男女を見て、ギョッと驚く。

 そして、周囲の人達も騒ついた。



「……えっ!? あれって……」


「あの方って、ハルツハイム伯爵家のマルクス様よね!? 昨年のパーティーの、王太子殿下の婚約解消騒ぎの内の1人の……」


「あの隣の方、このパーティーでパートナーをするって事は……もしかしてあの方が新たな婚約者!?」



 入口付近の騒めきは、その内会場全体に広がっていく。この会場内にいる殆どは昨年のパーティーでの事件とその顛末を知っている。



 この国の王太子の、公爵令嬢との婚約の解消。そしてその側近2人も同時に婚約解消をするという我が国始まって以来、前代未聞の大事件だった。


 しかし、それは巷の恋愛小説で流行っているような『婚約破棄と婚約者への断罪』などではない。このようなパーティーで公衆の面前で行われた事だったが、相手の婚約者は所謂『傷物令嬢』とはならなかった。

 ……いやむしろ彼らは公衆の面前で公にソレをする必要があった。


 それは先に男性側が評判を落としてから婚約の解消を願い、更にそれをたくさんの人々の前でする事で世間に令嬢側に瑕疵はないと認めさせ、確実に婚約を解消する為。

 

 後になって思えば、お互いに好きな相手のいる彼らが普通なら女性側に不利になる『婚約の解消』をそうはさせない為に相手の立場を思った上での『策』。

 ……そして状況的に婚約の解消が難しかった彼らの必死の行動だったのだろうと、世間は今はそう理解している。


 何故ならばあの後、王太子は隣国の王女と、そしてその婚約者だった公爵令嬢は公爵家の後継としてその義弟と、そして侯爵家の嫡男とその元婚約者、伯爵家嫡男の元婚約者もそれぞれ別な婚約をしたからだ。



 つまりは、誰も不幸にはならなかった。



 ……しかしその王太子の側近の1人、ハルツハイム伯爵家のマルクスだけはその後婚約をしていなかったのだ。


 

 ───であるから、皆は今マルクスの隣に並び愛しげに恭しく手を引かれる、おそらくは彼の新たな婚約者の令嬢に注目した。


 しかし、美しく着飾ったその婚約者に誰もが思い当たらない。マルクスは昨年の卒業生。という事は、彼女は現在この学園の生徒のはず──。




「───ミランダ! ハルツハイム様。やっといらっしゃいましたのね」



 皆が注目する中、同じく昨年の卒業生である公爵令嬢ツツェーリアが声を掛けた。隣には義弟であり今年の卒業生で婚約者であるアロイス。……あと少しすれば2人は結婚しアルペンハイム公爵家を継ぐ予定だ。



「え? ミランダ嬢? それってまさか『平凡……』」



 そう言いかけた者は公爵令嬢とマルクスにギロリと睨まれて口を噤む。



「ツツェーリア様。……言いたい方には言わせておけば良いのです。私は私の大切な方にさえ分かってもらえればそれで良いのですから」



 ミランダはそう言ってマルクスの腕をきゅっと掴む。マルクスも愛しげにミランダを見つめ、その後またギロリと周りを牽制するように見た。



「ミランダはお優しいのですのね。勿論、私もミランダの魅力は分かってましてよ?」


「ツツェの魅力は僕が1番分かってるからね?」


「もう! アロイスったら!」



 公爵家カップルは婚約してから周りにイチャイチャぶりを隠す事はない。

 王太子の婚約者だったツツェーリアの幸せそうな満ちたりたその様子に、人々はやはりアレは2人は同意の上での事だったのだと納得していた。



「ミランダの魅力を一番分かっているのは私ですから」


「マルクスの魅力を一番分かってるのも、私ですからね?」



 そしてそのカップルに負けじと、サラッとミランダへの愛を主張するマルクス。その横で頬を染めつつ同じく愛を告げるミランダ。




 周りは呆然としてその2組のカップルを見ていた。




 ───え? なんだコレ? いったい我らは何を見せつけられている?




 そして周囲の人々は呆然と彼らを見ながらも理解した。


 王太子や侯爵家嫡男、そしてその元婚約者達は皆婚約を解消して本当に好きな人と幸せを掴んだ。

 そして最後の1人だったハルツハイム伯爵家マルクスも、やはり他に好きな女性がいたということ。



 ……で、それが、『平凡令嬢』?



 人々は幸せそうに微笑むミランダを見る。



 ……いや、もう彼女は『平凡令嬢』などではない。



 ───何故なら、ミランダは愛する人の隣で誰よりも美しく輝いていたのだから。




 

 ◇




「今日のパーティー、みんな驚いていたわね」



 ミランダは帰りの馬車でふふと笑いながら言った。



「……皆、ミランダの美しさに目が眩んでいて牽制するのが大変だった。だから半年後には結婚式を挙げると告げて来た。これで不埒な事を考える奴は多少は少なくなるだろう。……本当は、すぐにでも式を挙げて彼らを黙らせたかったのだが」



 初め、ミランダが卒業したらすぐに結婚する! とマルクスは強く主張していたのだが、もうすぐ王太子と隣国の王女の結婚式があり、そしてそのすぐ後アルペンハイム公爵家の結婚式、そして親友の侯爵家令息の結婚式もある。それでマルクスとミランダの結婚は最速でも半年後となったのだ。



 マルクスは真剣な顔で言ってからミランダを見てふっと笑顔になる。

 ミランダはクスクスと笑っていた。



「──そんな人、居ないわよ」


「ッ分からないだろう!? ミランダ、君は魅力的だ。現に私はミランダに夢中なのだから」


「マルクス……」



 ミランダはこちらを愛しげに見つめるマルクスを見ながらこれまでの事を思い出していた。


 

 ───マルクスと出逢って恋をして、けれど再会した時に彼には婚約者がいた。

 それからは彼に『平凡令嬢』と呼ばれ、学生時代はそう呼ばれ続ける事になった。その後マルクスは婚約者がありながら他の女性に夢中で、そんな不実な彼を見る辛い日々だった。


 

 ───だけど。


 それは侯爵家に強引に結ばれた婚約を穏便に解消する為だった。マルクスは、ずっと私の事を諦めないでいてくれた。



 私は悩んだし苦しい思いもしたけれど、今は彼を信じているし……愛している。



「ミランダ。……半年後が待ち遠しい。愛してるよ」


「……私も。愛してる、マルクス」



 マルクスは、私に優しいキスをした。





 ───そうして『平凡令嬢』ミランダの婚活は、無事終えることが出来たのだ。






《完》





 最後までお読みくださり、本当にありがとうございました!!

   本見りん

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平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜 本見りん @kolin79

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