第二十一話
翌朝、新宿署の一ノ瀬明夫連続殺人事件の捜査員たちが、会議室に集まっていた。相変わらず、一ノ瀬を発見できない苛立ちによって、雰囲気は荒れていたが、捜査に進展はあった。
「菅原姫奈および奥田彩の殺害現場のアパートから、被害者以外の毛髪が発見されました。おそらく、犯人のものと思われます。二名の毛髪。血液型はA型とO型。一ノ瀬夫婦の血液型と一致します。両者を逮捕し、DNA情報が一致すれば、犯人と断定できます」
「両親のDNAと比較すれば、ある程度わかるんじゃないのか?」
「一ノ瀬明夫の実の両親は現段階でも不明です。三十四年前捨て子の状態で発見されており、彼の親は養親で、血のつながりがありません。そのため、両親のDNAとの類似性による鑑定は本件では行うことができません。なお、一ノ瀬明夫の妻美佑二十五歳も、両親が判明しておりません。彼女も一ノ瀬明夫と同じように、出産直後に捨てられており、施設で育っています。実の両親が誰であるかは現時点でもわかっていません。よって、妻美佑に対しても両親とのDNAの比較は・・・」
「火災のあった一ノ瀬明夫のアパートからも毛髪を発見。本アパートの一室は、ほぼ全焼して証拠隠滅がはかられましたが、クローゼットの内部に焼失していない箇所があり、そこから数本の毛髪を発見。DNA検査をした結果、北川由理恵さんのものと断定されました。よって、本アパートが北川由理恵さんの殺害現場であると推測・・・」
「殺害の動機についてはどうなっている?」
「きっかけは、やはり痴情のもつれではないかと。そこから、一ノ瀬明夫の異常な快楽性が発現し、連続殺人行為に至っているのではないかと。ただし、新しい可能性も見つかっております。一ノ瀬明夫はE社から不正発注を受けていたようです。つまり架空の発注です。おそらく、自部門の売り上げを上げるためでしょう。このことに気が付き、奥田彩さん、あるいは菅原姫奈さんが告発しようとした可能性もあります。その行為が引き金となって、一ノ瀬明夫は彼女たちに対して激しい怒りを感じ、暴行に及んだとも考えられます。いずれにしても、女性との何らかの口論が、彼の内部に潜む残虐性を呼び起こし、このような残酷な連続殺人につながったと考えています」
「やはり、奥さんは共犯なのか?」
「最初の被害者である北川由理恵の監禁、殺害現場が、一ノ瀬明夫の自宅アパートであるならば、妻美佑の関与を否定することはできないでしょう。それが消極的であれ積極的であれ、共に殺害行為を行ったことは間違いありません。また、先ほども説明がありましたように、奥田彩および菅原姫奈の殺害現場でも、犯人と思しき毛髪が二種類発見されています。このことからも、一ノ瀬明夫に共犯者がいた可能性は高く・・・」
「誰かが、組織犯罪って言ってなかったっけ・・・」
その発言は、捜査の役割分担を指示する声でかき消された。
聞き込みのために車に乗り込んだ大川に、運転席の優花が言った。
「大川さん、ちょっと変ですね」
「どうした?」
「例の笠河電気の不正発注の件なんですが・・・どうも、一ノ瀬明夫は個人的にも、お金をもらっていたようなんです」
「個人的に?」
「ええ、妻美佑の名義の銀行口座が見つかりまして、そこに定期的にお金が振り込まれてるんです」
「どこから?」
「わかりません。今、調べているんですが、途中に電子マネーが入っているんです。海外の・・・。だから、簡単には追えないんですよ」
「まあ、関係を隠すために海外の電子マネーを経由したとしたのなら、相手はむしろ、日本国内の可能性が高いよな」
「そうですね」
「自然に考えると、笠河電気か、E社か」大川は視線を優花の方へ向けた。
「その可能性が高いと思います。でも何に対するお金なんでしょう。個人に払うというのは・・・」
「たとえ会社のためと言っても、不正発注を受けるとなると、一ノ瀬明夫個人も犯罪の片棒を担ぐわけだから、ただではすまんぞ。だから、笠河電気が極秘に個人にお金を渡していたとか。口封じというか、口止め料というか。やっぱり、あの高木副社長が臭いと思うんだがな・・・」
「なるほど」優花は車を走らせながら言った。「じゃあ、高木に当たってみますか?」
「いや、ちょっと待て。あのさ、今朝、話したさ、軍事ソフトの件、どう思う? あれが不正発注に絡んでいるかな?」
大川は合同捜査会議が始まる前に、前日アキラから聞いた話を優花に話していた。
「あれは、変です」優花ははっきりと言った。
「どういうふうに?」
「つまりですね。軍事ソフト自体は非常にデリケートな情報で、一般に広がらないように厳しくコントロールされています。でも、プログラム自体はそれほど難しくないんじゃないかと思うんです。誰でも開発できると」
「要するに、危険をおかしてまで、わざわざ笠河電気に発注する意味がないと。たとえ人手が足りないなどという理由があったとしても、E社の中で、なんとでもなると・・・」
「そうなんです。AIにしろドローンの制御プログラムにしろ暗号化ソフトにしろ、これだけオープンソースが出回っていて、誰でも勉強できる時代に、わざわざあえて笠河電気みたいな会社に発注したでしょうか・・・意味がわかりません」
「仕事が減って困っている笠河電気を助けるためにやったということは・・・」
「単に仕事を回したくて、不正発注をしたのなら、もっと安全なやり方がいくらでもあるでしょう」
「そういうことか・・・」
大川はしばらく腕を組んで考えていた。
「お前の意見が正しいような気がするな」
「あれ、大川先輩が私の意見を認めるって珍しいですね」
優花のうれしそうな顔など完全に無視しながら、大川は言った。
「現段階の結論としては、ピースはまだつながっていないということだな。お前が言っているように、なんらかの方法で一ノ瀬明夫は不正な金を受け取っていた。相手が、笠河電気の幹部なのか、E社の誰かなのか、あるいはもっと違う人間なのか、それはわからん。でも、金を受け取っていた」
「はい。間違いないでしょう」
「ただ、仮にそれを告発しようとした奥田彩あるいは菅原姫奈に対して、一ノ瀬明夫が逆上したとしても、それは、殺害に至る動機としてはやっぱり弱い」
「そうでしょうね。どう考えても、その程度の衝動で、長期間の暴行を行なったりはしないでしょう。それに、もしそういう動機なら、あんな目立つ場所に死体を放置しないでしょう」
「だろうな。山の中に埋めるか、海に沈めるか・・・殺人自体を隠蔽するだろうな」
「そうです。それに、こういう会社の不祥事と、ソープ嬢だった北川由理恵とは何の関係もありません」
「俺もそう思う。一ノ瀬明夫が連続殺人の犯人、奥さんが共犯の可能性が高い、しかし、動機は不明。不正な金が動いている。でも、殺人との関係性は認められない。それが今の段階における結論か・・・でも、何か裏にありそうだな。それは彼を逮捕して吐かせるしかないということだな」
「そうですね。私もそう思います」
「重要なのは・・・」大川は優花をちらりと睨んだ。「これが、現実に起きたストーリーなのか、依然として舞台の上で演じられている劇としてのストーリーなのか、どっちなのかということだな」
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