第五話

 奥田彩の死体が発見されたのは、それから数日後のことだった。彼女が無残な姿で捨てられていたのは、公園の公衆便所の裏にある小さな汚い花壇の中だった。湿った泥や動物の排泄物にまみれて、仰向けに寝ている彼女は、北川由理恵の時と同じように全裸だった。手足を大きく広げ、久しぶりに肉体の自由を得た囚人のように伸び伸びとした体型で、空を見上げていた。しかし、その目にはもう何も映ってはいない。その眼底にある無数の神経が、何かを伝えることはもう永遠にない。彼女の死因もまた、北川由理恵と同じだった。内臓の損傷による出血性のショック死。体の切り傷はないものの、全身に無数の打撲のあとが。人間の所業とは思えぬ悲惨さ。

 肢体が人間としての形を維持しているのは、その内在的な力ではない。袋としての皮膚と、仰臥位に横たわることで重力による変形を最小限に留めているという効果で、過去にそれが動物であったということを辛うじて示唆できているにすぎない。このような狂態を作り出した主体者にもまた、肉や骨や内臓や血管があるなどと、誰が信じることができるだろう。生きている生命をこのような惨酷な物体へ変異させるという思考が、万人が共通的に所有する脳の内部において起こり得るなどと、誰が受け入れられるだろう。しかし、それは起きた。そしてそれは、人間の手によって引き起こされたものであることも間違いない。

 北川由理恵と奥田彩の殺人事件には多くの共通点があった。それは長時間苦痛を与えられていたという殺し方の共通点だけではなかった。死体発見の経緯も似ていた。北川由理恵の時と同じように、放置された奥田彩の体も長い時間、誰にも認識されなかった。その公園は、人通りの多い道沿いにあり、大勢の人間が通行している。彼らにはフェンス越しに、その花壇が見えていた。そして、そこに遺棄されているものも。にもかかわらず、誰も通報しなかった。午前中には公園の中で遊んでいる青年たちがいた。その公衆便所を使った人間さえもいた。彼らには、あるいは彼女たちには、そこにあるものが見えていたはずなのだ。それでも、誰一人として、その不自然な存在が何であるかを、近づいて確かめようとはしなかったのだ。結局、昼過ぎに一人の浮浪者が自分の居場所を奪われた不満から、その物体を押し除けようとして気が付いた。そして、携帯を持たない彼は、とぼとぼと交番へと向かって歩いた。

 なぜ誰もがこの異常な存在に気付かなかったのか。視界の一部にその惨劇を捉えていたはずの人間でさえも、それを現実に起きていることとして認識することができなかったのはなぜなのか。いや、そこには疑問の余地などない。それを不思議だと感じることこそが、不遜で傲慢で邪な思考だ。人間とはそういうものなのだから。それが人間の本質なのだから。何十時間も痛めつけられた成れの果てとしての肉体など、この世界に実在する物体として脳が咀嚼できる映像ではないのだ。だから、花壇の汚物の中の肌色の物質に一度は目を凝らしたものでも、平然と晒している恥部からしばらくは目を逸さなかったものでさえも、それが若い女の死体であるという結論にたどり着くことはできなかった。決して曖昧ではない悲惨な肉のかたまりは、大勢の人間の深層意識の中に隠蔽され、彼らの意識の中に浮かび上がってくることはなかった。それが人間の本質なのだ。

 発見まで長い時間がかかったにもかかわらず、情報だけは瞬時に拡散した。すぐにメディアが取り上げ、SNS上でも情報が錯綜した。あらゆる媒体が、二つの事件を関連づけてとらえようとした。

『再び新宿で若い女性の遺体を発見』

『二人目の被害者、連続異常犯罪か』

『常軌を逸する残忍な行為、異常者は依然として街に潜んでいる』

『快楽殺人、犯人を逮捕できない警察の無能さが引き起こした悲劇』

『日本で起きるはずのない犯罪が今起きている』

『悲惨な死、許されない狂乱』

『街に潜む野放しの殺人鬼』


 大川と優花の二人の刑事も現場を捜査していた。遺体の発見場所は、青いビニールシートで全方位を覆われている。奥田彩の肉体はすでに運び出され、死亡が確認されていた。

「今回もまだ温かかったそうですね。死体が・・・」

 優花は大川にそれとなく視線を向けた。大川は、仏のあった場所にかがみ込んだままじっとしていた。

「似てますね。奥田彩も全身にひどい打撲のあとがありましたね。やっぱり長時間拷問したんでしょうか」

 再び声をかけた優花を、大川は見上げるようにして振り返った。

「似過ぎているのかもしれんな」

「やはり、同一犯でしょうか。北川由理恵の時は性的な行為の痕跡がなかったですよね。詳細を調べる必要があるかもしれませんが、今回も同じだとしたら、性的不能者、あるいは女性という線でしょうか」

「でも、仮にも人間を拉致し、監禁し、暴行し、その死体を遺棄する・・・これだけのことをするには、女性一人では難しいだろう。まあ、複数人での犯行かもしれんな」

「そうかもしれませんね」

「それにしても、似過ぎていると思わんか?」

 優花には、大川の言う『似過ぎている』という言葉が何を意味しているのかよくわからなかった。

「そう言えば、殺された奥田彩はこの近くの会社で働いていたOLですね。仕事は違いますが、二人とも外語大学を出ています。同じ大学ですよ。まあ、北川由理恵は途中で中退していますが」

「奥田彩が働いていた会社は?」

「えっと・・・」優花は慌てて手帳を開いた。「笠河電気です。社員30名ぐらいの小さな会社です。ソフト開発をやってますね。彼女は営業関連の・・・」

「おい!」

「すみません。何でしょうか・・・」

「笠河電気・・・それ、あの探偵が調べてた会社だぜ」

「何か関係があるのでしょうか」

「わからん」


 ミクとアキラも現場に来ていた。やがて、野次馬や報道関係者の数が増え、付近は混乱し始めた。中継の準備をしているテレビ局もあった。二人は人混みから離れた。

 歩きながらアキラは尋ねた。

「何か見えました?」

「何にも・・・きっと、もうあそこには何もないんだよ」

 ミクは寂しそうに言った。彼女は同じようなことを以前にも言っていた。それは、北川由理恵の死体発見現場を見に行った時のことだった。住宅街の中にあるゴミ捨て場。すでに事件発生から二週間以上がすぎていた。鑑識の証拠収集もすっかり終わっていて、特にビニールシートで覆われているわけでもなく、立ち入り禁止の黄色いテープが張られているわけでもなく、普段通りの住宅街の一角に戻っていた。でも、二週間前に人間の死体がゴミ同然の状態で捨てられていたのは間違いのない事実だった。その現場を見に行った時も、ミクはアキラに言った。何も見えない、と。もうここには何もいないんだ、と。

 彼女の義眼の左目には、人には見えないものが見える。それが単なる幻覚なのか、それとも幽霊が本当に実在しているのか、誰にもわからない。しかも、いつでも見えるわけではない。むしろ、見えるのは極めて稀なことだった。

 そのことについてミクはこう考えていた。もし、彼女の見ているものが死人の霊などという超自然的なものだと解釈するのであれば、そこから導かれる結論は、そもそも死んだ人間の心がこの世に残っていること自体が、非常に珍しいということ。よほど強い意志があって、何か言いたいことがある場合だけだと。だが、この考えが、ミクに幽霊の存在を信じさせるということはなかった。それはあくまでも、幽霊が存在するのであればという、仮定の思考であり、その存在は非常に特異なことであるに違いないという、論理の断片にすぎなかった。それでも、彼女はこの断片を重視していた。それが特異な事象であるならば、必ずそこに意味があり、それを自分は大切にしなければならないのだと。そこには尊重すべき何かが隠されているのだと。

 またアキラは別の解釈をしていた。彼はそもそも、彼女が見ているものは幻覚、つまり幻視の一部だと考えていた。そして、その頻度が低いという事実は、彼女が、統合失調症などの妄想を頻繁に引き起こす、精神病を患っている可能性が低いことを示唆している、そう判断していた。このことは、単なる虚言癖などという安易な解釈をも排除してくれる。むしろ、彼女の幻覚は脳の疾患や精神病によって引き起こされているのではなく、何かの別の原因があって見えている可能性が高い。それが何か不明だとしても、少なくとも、彼女が何かを見ているというのは間違いない事実だとアキラは考察していた。


「なんにも見えなかったよ」歩きながらミクは同じ言葉を繰り返した。「きっと、もうあそこにはいないんだよ。彼女の心は遠くに行ってしまったんじゃないかな。もう、天国へ登って行ったんじゃないの」

「でも、前回の事件も今回の事件も、残酷な方法で殺されてるんですよね。何度も何度も殴られてたんでしょう。ひどい拷問を受けたんじゃないかって、ニュースでは言ってたけど。きっと苦しかったんですよね」

「うん。しかも、長時間。今回はまだわかんないけど、北川由理恵の時は三日間行方不明になってて、その間ずっと暴力を受けてたんじゃないかって・・・」

「そんなに長い間・・・」

「多分ね。眠ることもできず、意識を失うこともできない状態で、苦しみ続けたみたいね。ひどいね。だから、もしかしたら、彼女の魂はまだどこかを彷徨っているのかもしれないよ。あそこにはいなかったけど、まだ別の場所で今でも苦しみ続けているのかもね」


 二人は近くの喫茶店に入った。店内は涼しかった。アキラは、すぐに運んできてくれたテーブルの上のアイスコーヒーを眺めていた。

「ミクさんのチョコパフェ、遅いですね」

「うん・・・あのね。アキラ君ってさ、医学部出てるでしょう。だから、心理学というか、精神医学みたいなことも勉強したんでしょう」

「うん。一応ね」

「じゃあ、そういう視点で教えて欲しいの。私はね、三日間も女性を殴り続けるなんてことは、単なる怒りや恨みとかではできないと思うの。別れ話を持ち出されて、腹が立って相手を殴ることはできたとしてもね、それは一時的な衝動みたいなもので、そういう強い攻撃性をね、何十時間も維持することはできないと思うの。だから、これには犯人の強い性格的な特性が関係してると思うの・・・」

「きっとそうでしょうね」

「ねえ、アキラ君の意見を教えて欲しいんだけどね。テレビではさ、精神異常者だの、快楽殺人者だのと面白そうな言葉を連呼してるけど、そういうのって本当にあると思う?」

「心理学的にいうとね、パラフィリアっていうんだけど、日本語だと性嗜好異常っていうのかな。異性に対する興味の方向性がちょっと普通の人と違う人はいますよ。フェティシズムというのも、その一つですよね。例えば、女の人に興味があるんだけど、女性の肉体よりも、女性が履いている靴に興奮するとか。あるいは、サディズムとかいって、異性に苦痛を感じさせることで興奮する人もいますよね。程度の差はありますが。異性に対するアプローチが普通と違う人はいますよね」

「その延長で、今回みたいな異常な犯罪が起きるの?」

「どうでしょうね。そういう性嗜好の異常は犯罪と無関係ではありません。例えば、死姦という行為がありますよね。死んだ人間じゃないと興奮しない人も実際にいます。だから、そういう人は、相手を殺してから行為を楽しもうとする。つまり、殺人行為と結びついてしまうわけですよね。直接的か間接的かはわかりませんが、性嗜好異常が犯罪を引き起こす可能性はありますよ」

「じゃあ、今回起きているのは、やっぱり精神異常者の犯罪なのかな」ミクは尋ねた。

「うん。確かにその可能性は否定できません。でもね、これは俺の意見だけど、異常な行為とか、異常者というようには考えない方がいいと思います」

「異常じゃないってこと? どういうこと?」

「確かに、ミクさんが言うように、三日間も無抵抗な女性に暴力を振るい続けたというのは、普通じゃないと思いますよ。でもね、だから異常なんだ、だから異常者なんだと思うのは間違いじゃないかな。少なくとも、異常者だから異常なことをする、異常なことをしたから異常者だ、というような短絡的な思考は危険だと思います。その行為自体は異常かもしれないけど、人間としては我々と何にも違わないと思うんです。うまく表現できませんが、どんな異常に見える犯罪でもね、やっぱり正常な世界とつながっているんです。正常な世界の中で異常なことが起きている。連続的な現象。だから、最初から異常者って決めつけてしまうと、真実に辿り着けない可能性があると思います」


 ミクは黙ってアキラの話を聞いていた。ミクが何も言わないので、アキラは不安になって、少し話題を変えてみた。

「そう言えばさ、さっき、現場にいた刑事って、この前、車でミクちゃんを呼び止めた人じゃないですか? あの北川由理恵の現場を見に行った時に・・・あの人、知り合い?」

「そうだよ。よく覚えてるね」

「だって、ミクさんが男の人と話しているのが珍しかったから・・・冗談ですけど」

「うん。え? もしかして、妬いてるの? うれしい。もっと妬いて、妬いて・・・」

アキラが笑わなかったので、ふざけていたミクの表情も真顔に戻った。

「・・・知り合いっていうか、命の恩人みたいな人だよ」

「命を助けてくれたんですか?」

「そうだよ。昔ね。あの人、大川っていうの。刑事だよ」

「そうみたいですね。例の事件を調べているみたいですね」

「みたいね。でもね、あいつ、ものすごく性格悪いよ。刑事を長年やってたら、あんなふうにひん曲がっちゃうのかな。怖いね・・・でも、大丈夫だよ。あの人は信じてもいい人だと思うよ。きっと最後には助けてくれるから・・・そういう人だから」


 ミクはまた黙ってしまった。やっとウェイトレスが運んできたチョコパフェを食べようともしなかった。彼女は何かを懸命に考えていた。

「あのう、クリームが溶けちゃいますよ・・・食べないなら、俺が・・・」

「あ、ごめん。ちょっと考え事をしてた・・・あ、嫌だよ。これは私のチョコパフェだから・・・私が食べるんだよ・・・」

「ええ、もちろん」

 彼女はスプーンを持った手を動かし始めた。

「あのね、アキラ君さ、もう一つ教えて欲しいことがあるんだけど・・・まだ、頭の中がもやもやしてるんだけどね・・・」

「いいですよ。俺でわかることなら・・・」

「うん。テレビではさあ、もう快楽連続殺人事件って言ってるでしょう。まだ、二件しか起きてないのに。まあ、二件続けて起きたから、連続なのかもしれないけど・・・それで、こんな犯罪は常習犯に違いないって。殺人鬼なんだから、過去に何度も同様の事件を起こしてるはずだって・・・あれってどう思う?」

「そうですね。半分正しくて、半分間違いでしょうね。いくら連続殺人犯だとしても、最初の事件があるわけでしょう。だから、もしかしたら、犯人にとって、この二件の犯罪が初めての行為かもしれないですよね。つまり、過去の犯罪者を調べればすぐにわかるっていう、あの報道は嘘ですよね」

「そうだよね。それに、日本の警察はかなり優秀だから、初犯で捕まる可能性がかなり高いよね。まあ、もう二件起きちゃってるけど・・・だから、この事件が犯人にとっての初めての犯罪の可能性も十分にあるよね。むしろ、そっちの確率の方が高いよね」

「それは同感ですね。きっと多くの犯罪者は最初に捕まってしまいます。それと、心理学的にいうと、快楽による連続殺人には視点が二つあると思うんです。一つは快楽の代替性だと思うんです」

「代替性?」ミクは不思議そうに尋ねた。

「そうです、代わりになる快楽があるか・・・。例えば、音楽が好きな人はね、演奏会聴きに行ったり、CD買って聞いたり、あるいは自分で楽器を弾いてみたり、いろんな楽しみ方があるでしょう。でも、殺人に快楽を感じるようになったら、もう人を殺す以上の刺激なんかないわけですよね。同じ快感を得るには殺人を犯すしかないわけです。もう代替手段がない。だから、繰り返す・・・」

「そうかもね」

「それとね、常習性というのはちょっと違う概念で、・・・常習性というのは、止められなくなるってことなんですよね。一種の中毒症状。つまり依存症。昔は、薬物だけに使われていた言葉で、例えばアルコール依存症とか、麻薬依存症とかね・・・でも、今では、クレプトマニアというような言葉もありますよね」

「いや知らない。聞いたことない」

「そうですか。日本語だと、窃盗依存症とか万引き依存症とかいうのかな、盗みを止められないという一種の心の病気。お金持ちなのに、そして泥棒が悪いことだとわかってるのに、しかも自分でも本当は窃盗なんかしたくないのに、それでも万引きが止められない人って結構いるんですよね。他にはセックス依存症というような言い方も最近はよく使いますよね」

「うん。それは聞いたことがある」

「よく聞きますよね。いわゆる、セックスが止められない・・・セックス自体は悪いことじゃないんだけど、その快楽性に依存してしまって、罪の意識に苦しみながらも、毎日毎日いろんな相手とセックスしないと気が済まなくなるという、これも一種の病気かな。まあ、これを病気と思うかどうかは、いろんな意見がありますけどね。どんだけセックスするかなんて個人の勝手だという医者もいますしね。・・・それでね、そういう依存性が殺人にもあるかどうか・・・つまり、人を殺したくないのに殺人していないと不安で仕方がないというような心理状態・・・そんなのあるのかどうか・・・これはちょっと、わからない・・・ないんじゃないかなと俺は思ってるけど・・・」

 ミクはしばらくの間、スプーンを動かす手を止めて何かを考えていた。

「うん。なるほどね。アキラ君の意見は、殺人行為自体には依存性がないと・・・でも、過去の大量殺人事件の事例だけ見てると、常習性というか、極度の嗜好性のようなものを感じるよね」

「まあ、そうかもしれませんね。ミクさんの意見の方が正しいかも」

 チョコパフェを食べ終えたミクは、アキラのアイスコーヒーの残りを勝手に飲み始めた。

「じゃあ、いずれにしても、第三の殺人事件が起きる可能性が高いということなのね」

 アキラはうなずいた。


「ねえ、これからどうしようか」

 ミクはなぜかアキラを見ずに窓の外を見ていた。暑い通りを歩いている人々を。

「今、仕事ないですよね」

「私、この前の仕事が終わってないような気がするの」

「笠河電気の依頼ですか。まあ、ちょっと妙なことになっていますが、高木副社長はちゃんと残りの料金払ってくれたじゃないですか」

「いや、そういうことじゃなくてね・・・アキラ君さ、明らかに変だと思わない。私たちが不倫の調査をして、副社長に報告した途端に、殺人事件が起きたんだよ。私たちが報告書の中に奥田彩の名前を書いた。すると、奥田彩が殺された。私たちが何かを起こしたんじゃないの? 私たちにも責任があるんじゃないの?」

「ミクさん、それはちょっと考え過ぎじゃないですか。偶然ですよ。だって、一ノ瀬明夫は奥田彩と不倫をしてたわけでしょう。それは事実なんだし。それに、あんなに堂々とやってたわけでしょう。それを見つけたからと言って、俺たちが何か悪いことをしたわけじゃない。・・・それに、あんなの・・・あんなに毎日毎日ホテルに通ってたら、俺たちが報告しなくたって、いずれバレるに決まってるじゃないですか・・・」

「そういう意味だとね、もっと変かもしれない。じゃあ、そんなわかりきった事実を確かめるために、なんで高木副社長は私たちを雇ったりしたんだろう。お金を払ってまで。・・・私たち、何かに利用されたんじゃないの?」

「俺は、やっぱり考えすぎだと思いますよ。でも、ミクさんが言ってることはわかります。確かに何か奇妙ですよね」

「それでね・・・私は、ちゃんとけじめをつけなくちゃいけないと思ってるの。でも、けじめをつけても、お金にはならないよ。誰も調査費用を払ってくれない。事件を解決しても、警察なんか、金一封すらくれないよ。それでも、やる?」

「ん? ミクさん、やるつもりなんですよね。じゃあ、もちろん、俺もやりますよ。当たり前でしょう」

 ミクはアキラの目を見て少し微笑んだ。

「じゃあね。私たちがまずやらなきゃならないことはね、この極悪な事件の犯人を捕まえることじゃないと思うの。それは警察に任せるべきだと私は思う。私たちが絶対にやらなきゃならないことは、次の犠牲者が出ないようにすること。つまり、菅原姫奈を守ること」

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