第92話

村瀬の言葉を聞いて、井上は忙しなく眼球を動かし始めた。


「なんで俺が……。そんな訳ないだろ」


口調こそ冷静だったが、井上は明らかにうろたえていた。


頭に手をあて、毛先の流れに沿ってしきりに指を滑らせる。


普段あまり見せない行動だった。


「頼むよ。本当のことを教えてくれ」


「そう言われても、俺は絵理香ちゃんとは……」


村瀬は勢いよく椅子から立ち上がった。


「会ってないって言いたいのか?」


足の裏から沸き立つような怒りに、村瀬は声を震わせた。


今すぐ井上を殴りつけたい衝動を必死に押さえる。


「落ちつけよ」


井上に腕を掴まれ、村瀬は再び椅子へと腰をおろす。


村瀬は大きく深呼吸を繰り返した。


冷静にならなければ、大事なことを見落としてしまう可能性もでてくる。


感情的になってはいけないと、村瀬は自分自身に言い聞かせた。


「お前と絵理香が一緒に映っているプリクラを見つけたんだ。頼むから本当のことを教えてくれ。絵理香と会っていたんだろ?」


帰ってくる答えはわかっていたが、それを素直に受け入れることができるか村瀬は不安だった。


井上はまた黙り込んでしまった。


「絵理香は死んでいるのか? それとも絵理香は生きているのか? 絵理香は誰かの命を奪ったりしているのか? 絵理香は誰とつき合っているんだ? 絵理香はどこにいるんだ? 絵理香は……」


村瀬はひとりごとのように繰り返す。


それを遮ったのは、井上だった。


「すまない……俺は……絵理香ちゃんと……会っていた」

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