第93話

予想通りの答えだったが、村瀬は大きなショックを受けていた。


頭の中がさらに混乱し、軽いめまいを覚えていた。


「どうして……」


井上に対して、言いたいことも聞きたいことも山ほどあったが、全く言葉が出てこない。


胸に鋭い痛みを感じ、村瀬は手のひらで心臓を押さえた。


井上と絵理香の関係を知ったことで、村瀬の中にあった疑問はさらに増幅した。


深呼吸を繰り返し、村瀬は井上の顔をまっすぐ見つめた。


「だから……携帯彼氏の話を俺にしたんだな。絵理香がダウンロードしていたのを知っていて」


「ああ」


「絵理香は無事なのか?」


「わからない」


「絵理香から連絡は?」


「ない」


「どうして絵理香と付き合ったんだ? お前には奥さんがいるだろう?」


「それは違う!」


それまで消え入りそうな小さな声で返事をしていた井上が、いきなり大きな声をあげた。


「お前と絵理香が不倫していたのは、わかってるんだ。本当のことを言ってくれ」


できるかぎり井上を刺激しないように、村瀬は穏やかな口調で諭すようにそう言った。


「俺は……そんなことはしていない!」


「だったら、どうして絵理香と会っていたんだ?」


井上は口をつぐんだ。


兄に妹と不倫していたのかと質問されて、はいそうですと簡単に認める馬鹿もそういないだろう。


「相談を受けていたんだ……。恋愛の……。絵理香ちゃんには好きな人がいたんだよ」


「それはお前だろ?」


「俺じゃない! 信じてくれよ。俺は絵理香ちゃんとは一切やましいことなどない」


井上が、ごめんと言い残し席を立った。


「ちょっと待てよ!」


村瀬の言葉が井上に聞こえたかはわからない。


井上は足早に店を出て行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る