第90話

――俺はいったい何を動揺してるんだ……。


村瀬は太く息を吐きだした。


井上の動揺している姿を確認するはずが、自分自身の動揺を必死に隠さなくてはならないことがおかしくなって、村瀬は鼻で笑った。


「お前、なんか怪しいよな……」


井上の目を直視できず、村瀬は視線を店内へと泳がせた。


これではどっちが腹の内を探ろうとしているのかわからない。


「そんなことより、携帯彼氏の話を詳しく聞かせてくれよ」


咳ばらいをしたあと、村瀬は慌てて話題を逸らした。


自分にとって都合の悪い展開になってきただけでなく、携帯彼氏について早く情報が欲しかった。


「長くなるぞ」


井上はそう前置きすると、ゆっくりと話し始める。


村瀬は声も出さず、最後まで井上の話を聞いた。


声も出せなかったという方が正解かもしれない。


「その……ラブゲージってヤツが原因なのか?」


「はっきりとはわからないが、携帯彼氏そのものに何らかの原因がありそうだ」


井上は難しい顔をしながら腕を組んだ。


「絵理香は、携帯彼氏をダウンロードしていたのか?」


「え?」


村瀬の問いに、井上の眉がほんの少しだけ動いた。


「それを俺が知っているはずがないだろう。絵理香ちゃんが携帯彼氏をダウンロードしていたかどうかは別として、若い女性の間で起きていたことだったからもしかして……と思っただけだよ」


しばらく沈黙が続いた。


井上は絵理香と会っていた。


それは手帳に貼られたプリクラが証明している。


「そうか。お前と絵理香が偶然街で会ったりして、そんな話でもしてたらって思ったんだけどな」


村瀬はわざとらしく肩を落とした。


井上は何も答えなかった。

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