第88話

「死んで……る?」


久美はズルズルと床へとへたり込んだ。


部屋の中は、一瞬にして静寂に包まれた。


重く、冷たい時間が流れた。


壁時計の刻む秒針の音が、いつもより遅いテンポで聞こえてくる。


久美の頭の中は真っ白だった。


何も考えることができなかった。


静寂を破ったのは携帯電話の着信音だった。


容子の枕元で、携帯が点滅している。


久美は当たり前のようにそこに手を伸ばし、着信ボタンを押した。


だまったまま耳へと当てる。


「……どこ?」


聞こえてきたのは女の声だった。


容子の友達かと思ったが、久美にはその声に聞き覚えがない。


「探してよ……。私は……あのお……ない」


ザーザーという耳障りな雑音がうるさくて、よく聞き取ることができない。


「教えて……お……どこ……るの」


意味のわからない言葉の羅列に、久美は電話を切った。


久美は何の感情も湧かなかった。


誰なのか疑問に思うことも、気味が悪いと思うことも……。


ふと握りしめていた携帯電話の待ち受け画面に視線をやった。


久美にとって見覚えのあるそれは、冷たい笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「どうしてよ……。今度は女なの? 一体どうなってるの」


ラブゲージ0という文字を見て、久美は狂ったように笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る