第86話

翌早朝、里美は激しいノックの音で目が覚めた。


隣のベッドを覗くと、悦子の姿がない。


里美は髪型を気にするように、手のひらで頭を押さえながらドアへと近づく。


「どなたですか?」


訝しげに里美が声をかけると、ドアの向こうからくぐもった声が聞こえてきた。


「僕です。除霊が無事に終了しました」


疲れているのか、浅沼の声はとても小さい。


時々、荒い息遣いも聞こえている。


里美がドアを開いた。


そこには、目の下に大きなクマを作り、呆然と立ちすくむ浅沼と悦子の姿があった。


「これで、本当に終わったわ」


悦子の言葉に、浅沼も力強く頷く。


里美は、ソファの上に置かれているカバンを取るため部屋の奥へと戻った。


カバンの中から裕之の携帯電話を取りだす。


「いない……。いなくなってる!」


携帯電話を握りしめ、ふたりの元へと駆け寄る。


裕之の携帯電話に映し出されていた携帯彼女の姿はなく、グレーの背景に5:17というデジタル表示が浮かび上がっているだけだった。


「もう二度と、惨劇は起きない」


悦子がきっぱりと言い切った。


終わった――。


終末は、本当にあっけなく訪れた。


たくさんの犠牲者と多くの恐怖を生みだしたあい・すくりーむ。


拍子抜けするほど、あっさりと携帯彼女の除霊は終了した。


「女性用のパーツが揃っていなかったことが幸いしたようです。あまりダウンロードされていませんでした」


浅沼が小さく頭を下げて里美の部屋を後にした。


里美は浅沼の背中が見えなくなるまで、その姿を見送っていた。


色々言いたいことや聞きたいこともあったが、浅沼の疲れ切った表情を見ていると、里美は声をかけることができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る