第85話
「確かにその通りだと思う。お母さんは、正しい判断ができなくなっていたのね。だから……、お母さんのこと、許さなくてもいい。いや、許さないでほしいの。たくさんの命が奪われたのは、お母さんのせいなんだから。それ以外、お母さんに償う道はないんだものね」
悦子が目頭を押さえて視線をそらした。
ごめんと謝っておきながら、悦子は里美に許すなと言った。
それが里美には意外だった。
許してくれと平謝りされると思っていたからだ。
許さないでほしい……。
里美は悦子のしたことが許せなくて、心の中で生まれたわだかまりを処理することができなった。
「許さなくていいの?」
里美はひとりごとのように小さな声で呟いた。
店内のざわめきにかき消されたかもしれなかった。
「許さないでいいの。だからもう苦しまないで」
悦子の声もまた小さかった。
かすかに里美の耳に届いた言葉に、思わず悦子の横顔を覗いた。
里美が苦しんでいたことを悦子は見抜いていたようだ。
悦子の言葉が里美の胸に突き刺さる。
「さ、どんどん食べないと焦げちゃうわよ」
悦子が大きな口を開けて、肉を頬張った。
里美は涙を堪え、負けじと野菜を頬張る。
終わらせようとするからこそ、それがつらく圧し掛かっていた。
無理に終わらせなくてもいい、答えを出す必要はない。
足し算みたいに、簡単に答えが導き出せるような問題ではなかったのだ。
それを知った時、里美の肩がふっと軽くなった。
「私、ご飯おかわりしようかな」
「あら? さっきお母さんのこと大食いみたいな目で見てなかった?」
「いいの。だってなんかお腹すいてきたんだもん」
里美の目の前に新しいご飯が運ばれてきた。
それからは久しぶりに笑い合いながら、二人で綺麗に平らげた。
外に出ると、先ほどにもまして風が冷たくなっていた。
それでも里美は、先ほどとは違った気持ちで揺らぐ運河を眺めていた。
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