第82話

小路という名の通り、中に入ると狭い路地に小さな店が軒を連ねていた。


軒先には、様々な店名が記された色とりどりののれんが掲げられ、潮風に身をゆだねてひらひらと揺れていた。


「里美は何が食べたい?」


目を輝かせながら、悦子はせわしなく視線を動かす。


「お母さんね、ジンギスカンがいいわ」


里美が答える前に、悦子は1軒の店を指さした。


のれんには大きく『ジンギスカン』の文字が躍っていた。


「小腹が空いて食べるようなものじゃないんじゃない?」


里美は思わず吹き出した。


「あら? そう? お母さんは全然平気よ」


悦子と並んで『ジンギスカン』ののれんをくぐる。


中は思った以上に狭く、カウンター席しかない。


カウンターテーブルの上には、鉄板が並べられている。


すでに半分ほどの席が埋まっており、店内には白い煙と熱気が充満していた。


里美が壁を乗り越えるには、きっかけが必要だった。


悦子の気持ちは、十分理解していたし、謝罪の言葉も聞いていた。


あい・すくりーむを作ったことと、それが原因で不特定多数の命が奪われてしまったことは、別々に考えなくてはならないことも承知していた。


それでも里美の心の中で、釈然としないものがあり、どうしても昔のように悦子と接することができなくなっていたのだ。


「里美……、本当にごめんなさい……。お母さんは」


「ちょっと、お母さん! お肉焦げてる!」


悦子は慌てて鉄板から肉を取り出した。


「あぁ。真っ黒……」


悦子が顔をしかめた。


「私の方こそ、いままでごめん。本当はお母さんの気持ちはわかってたのに……。だからもう謝らなくていいよ」


「でも……これだけは聞いてほしいの。どうしてあい・すくりーむを作ったのか」

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