第81話

ホテルの正面玄関に、悦子が立っていた。


あたりをキョロキョロ見回している。


里美を見つけると、悦子がゆっくりと近づいてきた。


「寒かったでしょ」


そう言って、悦子は里美のパーカーを差し出してきた。


「お母さんもちょっと歩こうと思って。付き合ってくれない?」


「運河、綺麗だったよ……」


里美は悦子からパーカーを受け取りそれを羽織ると、悦子よりも先に歩きだした。


里美の少し後ろを、悦子がついて歩く。


「運河を見た後、おいしいものでも食べに行かない? お母さん小腹空いちゃった」


しばらく無言が続いた。


里美自身、乗り越えなくてはならない高い壁だった。


浅沼は、その壁を乗り越えることができなくて、北海道までやってきたのだろうか。


いつまでも、悦子との関係をこのままにしておくわけにはいかない。


それは里美も承知していた。


頭ではわかっていても、気持ちがそれを拒否していたのだ。


浅沼が再出発に選んだ町、小樽。


ここで悦子との関係を修復するべきなのかもしれないと里美は思った。


「もう少し先にいくと、出抜き小路ってところがあるらしいの。いろんなお店があるって、ホテルの人が教えてくれたのよ」


悦子の言葉に答えぬまま、里美は一定の距離を保ちながら先を歩く。


運河沿いをしばらく歩くと、古い町並みを再現した建物が現れた。


「あれだわ。行ってみましょう」


それまで後ろを歩いていた悦子が、里美を追い越し先導する。


里美は小さく息を吐き出すと、悦子の背中を追った。

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