第80話

「でも……」


里美は足を止め、欄干に肘をつきなが揺れる水面を眺めた。


「携帯彼氏に殺されて携帯彼女になるなら、これまでに亡くなった人たちだって、みんな携帯彼女になっていないとおかしいか……」


親友だった真由美も、あい・すくりーむからダウンロードができるというのだろうか。


そんな話は、悦子からも浅沼からも聞いていなかったし、そのような考え方は乱暴に思えた。


村瀬の妹『絵理香』に関しては、少しの進展も望めていない。


「井上さんは……少なからず絵理香さん失踪に関わっている気がするんだけどな……」


証拠はどこにもない。


今の段階では、里美のカンでしかない。


井上の態度、絵理香の日記。


それらが、井上は怪しいと導く。


「絵理香さん……。どこにいるの? 誰かに命を奪われてしまったの? それとも叶わぬ恋に悲観して、自らの命を絶ってしまったの?」


小刻みに波立つ水面に向かって、里美はひとり呟いた。


絵理香の想い、村瀬の想いを考えると、里美は胸が押しつぶされたように苦しくなった。


里美の思考を、海からの冷たい風が遮った。


日が落ちて、気温が急激に下がってきたようだ。


里美は大きく身震いすると、足早にホテルへと戻った。

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