第79話
「里美か? ちょうどよかった。話したいことがあったんだ。今から時間取れるか?」
村瀬は早口でそう捲し立てた。
里美が答えぬうちに、村瀬はさらに続けた。
「絵理香の失踪には、携帯彼氏というものが関係しているかもしれない。里美は知っているか? あい・すくりーむというサイトが提供していた携帯電話用のゲームらしいんだが……」
里美は携帯電話を耳に当てたまま動くことができなかった。
怪訝な表情を浮かべた観光客たちが、里美の横を通り過ぎていく。
「ご……ごめんなさい。実は今北海道に来てるの」
「北海道!? どうしてまた急に……」
村瀬が驚いた声をあげた。
「前に話したと思うんだけど、五十嵐さんに頼んで探してもらっていた人が小樽市で見つかったの。それで急遽母と一緒に来ることになって」
「そうだったんだ。そんな時に電話してしまってすまなかったね。戻ったらでいいから連絡くれないか?」
里美は小さく返事を返すと、そのまま電話を切った。
絵理香の失踪と携帯彼氏に関連があったとすれば、彼女もまた携帯彼氏をダウンロード、もしくは他の誰かから赤外線受信していたということだろうか。
もし、絵理香の携帯彼氏のラブゲージがゼロ、もしくは100になったとき、絵理香自身がひと気のない場所にいたとしたら……。
里美は身震いした。
港から冷たい風が吹き荒ぶ。
ゆらゆらとまどろむように揺れていた水面が、急に激しく波立った。
乱暴に絵の具を塗りつけたように、反射していた景色は歪み、色が乱れる。
「井上さんが殺したんじゃなかった……。絵理香さんは携帯彼氏に」
後方に見えている宿泊ホテルを見やる。
3階の明かりに視線を合わせた。
そこが浅沼が作業をしている部屋かどうかはわからない。
あい・すくりーむがなくなろうとも、携帯彼氏がなくなろうとも、奥まで覗きこめば、まったく解決していなかったのだと里美は悟っていた。
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