第76話

「ちょっと待ってください!」


最初にそう叫んだのは悦子だった。


里美も五十嵐も、半歩身を乗り出して浅沼と悦子を眺めていた。


「あい・すくりーむを復活させるのは危険じゃないですか」


悦子が眉を下げながら浅沼を見つめている。


「誰かがあい・すくりーむにアクセスして、携帯彼氏、携帯彼女をダウンロードしてしまったら、どうするんですか」


今度は里美も口を挟んだ。


あい・すくりーむが復活だなんて、考えただけでも恐ろしかった。


「大丈夫です。以前とはアドレスが違うので、アクセスすることはできません。万が一、ダウンロードされてしまったとしても、すぐに除霊作業をするので、あとかたもなく消えてしまいます」


浅沼はパソコンに向き直り、パチパチとキーボードを操作している。


以前よりも少し日に焼けている浅沼。


パソコンが不釣り合いに感じた。


「ただ……。完全復活まで、少し時間がかかるかもしれません。急いで作業は進めますが……」


ホテルの部屋に浅沼の指が打ち鳴らす音が響く。


パチパチパチパチ……。


五十嵐は、里美と悦子をソファへと促した。


「やっぱりあいつは、母親と一緒にいるのがつらかったようです」


五十嵐は、ベッドに腰を下ろし作業をしている浅沼の背中に視線をやると、小声でそう言った。


過去の事件の真相を知ってしまった浅沼の気持ちを思うと、里美も胸が詰まる思いだった。


「自分には刑事の資格はない。知らない土地に行って、一からやり直したかったと言っていました」


「なぜ小樽へ?」


悦子が五十嵐に尋ねた。


「ガラス職人に憧れがあったようで、今はすぐそこの工房で住み込みで働いているようです」


小樽といえば、ガラス細工が有名だ。


宝石にも負けぬ色鮮やかな食器やグラスが、店先で輝きを放っている。


すべてを忘れ、やり直しの場に浅沼が選んだ小樽。


ここで、再びあい・すくりーむと関わりを持つことになるとは、浅沼も思っていなかっただろう。


浅沼の声のトーンが低いことが、彼の心情を物語っているようだった。

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