第75話

熊谷という刑事の言っていた通り、車は1時間半で小樽に到着した。


もう少し早い時間だったら、海に夕日が沈む場面が見られたのにと、熊谷は残念そうにそう言った。


観光にきたわけではない。


そのことは熊谷だってわかっていたはずだ。


車内に立ちこめていた重苦しい空気を払拭したかったからなのだろう。


観光地としても有名な小樽運河。


運河周辺にはガラス細工の店や、海鮮ものを扱った店が数多く並んでいる。


その一角にあるホテル前で、車は停止した。


里美と悦子を降ろしたあと、熊谷は携帯電話を取り出して五十嵐を呼んだ。


数分待たずに、五十嵐がホテルフロントへとやってきた。


五十嵐が熊谷に「明日また連絡する」と告げると、熊谷は里美と悦子に深々と頭を下げてホテルを出て行った。


「急で申し訳なかったね。部屋で浅沼が待機してるよ」


五十嵐の先導で、里美たちは浅沼の待つ部屋へと向かった。


悦子と浅沼の再会に、里美の胸はざわついていた。


できればもう二度と、顔を合せて欲しくなかった。


五十嵐の鳴らすノックの音と、里美の鼓動が微妙に重なりある。


「どうぞ」


ドア越しにくぐもった声が聞こえる。


その声は確かに浅沼のものだった。


五十嵐がゆっくりとドアを開く。


久し振りに見る浅沼の姿は、以前のそれとは少し異なっているようだった。


刑事をしていた頃の浅沼は、スーツ姿に小型のパソコンというスタイルだった。


それが、ラフなTシャツに、ジーンズ。


薄汚れた前掛けをしている。


浅沼は悦子の方に視線を送ると、軽く会釈をした。


悦子も無言のまま頭を下げた。


肩がピリピリとしびれてしまいそうなほど、重たい空気が部屋の中を包みこむ。


浅沼がノート型パソコンを取り出した。


「話はだいたい聞いています。ダウンロードされた携帯彼女を除霊するために、あい・すくりーむを復活させます」

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