第69話

「私の方こそ、今日は本当にごめんなさい。井上さんは村瀬さんの親友だって知っていたのに、あんな言い方してしまって」


里美はブランコから降りると、村瀬の目の前まで来て深く頭を下げた。


「いいんだ。自分でも不思議なんだ。どうしてあんなに怒鳴ってしまったのかって。亜矢……あ、婚約者にもあんな態度を見せたことがなかったのに。でも、里美には悪いけど……なんかスッキリしたよ」


村瀬は大げさに両腕をあげて背伸びをした。


「ひっどーい。それじゃ、私がストレス発散の道具みたいじゃないですか」


里美が頬に空気を溜めて膨れてみせる。


「ごめん、ごめん。そんなつもりじゃ……」


慌てて取り繕うが、里美はさらに頬を膨らませる。


「あやまってくれたこと、これで帳消しにしますからね」


里美はそう言うと、声を立てて笑った。


つられて村瀬も声をあげて笑う。


村瀬はほんの一瞬だけ、全てを忘れることができた。


悲しみや疑惑が渦巻く中で、村瀬は里美が唯一のよりどころとなっていくのを感じていた。


「ここでもう大丈夫です。ひとりで帰れますから」


公園を出ていこうする里美を村瀬は慌てて引きとめた。


「せめて……駅までは送らせてくれ」


村瀬の言葉に里美はコクンと頷いた。


駅までのわずかな道のりは、他愛もない話をしながら歩いた。


時間にすれば10分くらいはあったはずだが、村瀬にとってはほんの一瞬のように感じられた。


「また何かあれば連絡ください。私にできることだったら、協力しますから」


それじゃと言い残し、里美は改札口の中へと入って行った。


村瀬は、里美の姿が完全に見えなくなるまで、その背中を見送った。

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