第68話

「今日は本当にすまなかった」


里美を家まで送っていく途中、村瀬は里美を小さな公園へと誘った。


ふたり並んでブランコに腰を下ろす。


「ここは俺たちがまだ小さかった頃、よく遊んでいた公園なんだ」


「絵理香さんと?」


「ああ。昔、このブランコから絵理香が落ちてしまったことがあったんだ。お袋にこっひどく怒られたよ。お前がついてながら何やってんだって」


里美は小さくブランコを揺らしながら、村瀬の話を黙って聞いている。


「その時は本当に大変だったんだ。絵理香はおでこを擦りむいてしまって、お袋が女の子の顔に傷がついたら嫁に行けないってさらに怒鳴って。そしたら絵理香が怒られている俺をかばってくれたんだ。誰とも結婚しないから大丈夫って言って」


「羨ましいです。私、ひとりっ子だから、そういうのすごく憧れます」


「いや、絶対ひとりっ子の方がいいよ。こんなほほ笑ましいエピソードなんてほんのわずかで、子供のころは、毎日が戦争みたいなもんだったよ。ケンカばっかりしてた」


村瀬は鼻にシワを寄せながら笑った。


「気がついたら絵理香は大人になっていて、今ではもう俺の目の届かない場所にいってしまった。好きな人をつくって……連絡さえ取れなくなって……。俺は妹のために何もしてやれないことが歯がゆいんだ……」


母親の夕子がこのことを知ったら、昔と同じように『お前がついていながら何やってるんだ』といって怒鳴るだろうか。


いや、夕子は怒る気力すらなくし、悲しみと絶望に咽び泣くだろう。


村瀬は空を見上げた。


里美に気付かれないように目頭を拭った。

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