第66話

「これ……」


里美が言葉を詰まらせる。


「押尾だよ。やっぱりアイツだったんだ」


村瀬は座り込んだまま、床を思いきり殴りつけた。


制服姿のあどけない絵理香と、押尾がふたり並んで写っていた。


「ちょっと待ってください。これだけじゃ、相手が押尾さんかどうかはわからないじゃないですか」


「それ以外に誰がいるって言うんだ。イニシャルの一致、既婚者。間違いなく絵理香の相手は押尾だ」


村瀬はもう一度床を叩く。


悔しさに涙がにじむ。


里美は、ゆっくりと屈むと、村瀬が散らかした机の中のものを片付け始めた。


村瀬は、込み上げてくる感情を押さえるのがやっとで、立ち上がることもできなかった。


村瀬の目の前に、手帳のような小さなノートが差し出された。


たくさんのプリクラが貼られている。


友達と楽しそうに笑う絵理香が、ノートを埋め尽くしている。


「これが……何?」


深刻そうな顔つきでノートを突き出したままの里美に、村瀬は首をかしげた。


里美は無言のまま、1枚のプリクラを指さした。


絵理香が笑顔で写っている。


制服姿ではない。


ごく最近のものだ。


その隣に……。


「井上さんですよね?」


里美が強い口調でそう言った。


「あぁ。井上だ。それがどうしたんだ?」


「井上さんって結婚されてますか?」


「してるよ。それが?」


村瀬が聞き返すが、里美は答えない。


「まさか井上を疑ってるのか? 冗談はやめてくれ。あいつは俺の親友だ。一緒に写ってるだけで、疑うのはおかしいだろう」


「さっきは、その理由で押尾さんを疑ったじゃないですか!?」


里美と言い合いになってしまった。


村瀬は婚約者の亜矢とは、ほとんどケンカをしたことがない。


ケンカをしたことがない……というよりも、ケンカにならないのだ。


重たい空気が辺りを包む。


「もう帰ってくれ」


村瀬は声を詰まらせながら里美に言った。


「でも……」


「帰れ!!」


村瀬の怒鳴り声に、里美は無言のまま絵理香の家を出て行った。

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