第64話

村瀬は里美からノートを受け取る。


鼓動はどんどん速くなっていった。


ゆっくりと視線をノートへと落とす。




どうしてあんな女と。


絶対許せない。


Oは全然気づいてない。


あの女の本性が。


どうして別れてくれないの。


どうして私の気持ちをわかってくれないの。


私はいつだってOのことだけを考えているのに。


でもわかってる。


この想いを表に出すことはできない。


だって、こんな背徳な恋を、世間が許すはずがないもの。





そこには絵理香の苦しい胸の内が綴られていた。


村瀬は兄として、心が痛かった。


絵理香が不憫(ふびん)でならなかった。


「絵理香は恋人のいる男を好きになってしまったってことか……」


村瀬は深いため息をこぼす。


それを里美が遮った。


「いいえ。違うと思います。ここに背徳という言葉が出てきます。これは恐らく……既婚者との恋を現しているんじゃないかと思うんです」


既婚者……?


つまり絵理香は不倫をしていたってことなのだろうか。


その男と駆け落ちしたのかもしれない。


「心当たりありませんか? 既婚者のOさんに」


里美の言葉は耳には入ってこなかった。


不倫相手と絵理香が駆け落ち――。


村瀬は後頭部を大きなハンマーで殴られたような衝撃を受けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る