第49話

通されたのは、薄暗く涼しい部屋。


ただ、テレビドラマで見るような殺風景な感じはしない。


必要なもの以外、何も置かれてはいないが、床も壁も真っ白く清潔な部屋だった。


想像していたよりも、その部屋の空気は冷たかった。


遺体の腐敗を防ぐためなのだろうが、気がつけば手の甲の辺りまで鳥肌に包まれていた。


村瀬は両腕を軽くさすった。


部屋の中央には、大きな布で包まれた物体――、身元不明の遺体が眠っているベッドが置かれている。


「妹さんかどうか、確認お願いします」


刑事の男が、その布をゆっくりと引きはがしていく。


まずは頭が見えた。


髪の毛が金髪や赤髪であったくれたら……村瀬はそう願いながら、薄目でそれを確認する。


黒……。


漆黒の髪色は、まさに絵理香と同じだった。


村瀬の心に、絶望の影が広がる。


吐き出す呼吸が、小刻みに震えた。


刑事が一気に布を胸元まで剥がす。


村瀬は思わず目をつぶった。


絵理香の遺体と対面する心の準備ができていない。


歯を食いしばる。


兄としての責任を果たすため、目を開けなくてはならない。


村瀬が目を開けようとしたその時、背後で何かが倒れたような音が聞こえた。


慌てて振り返ると、井上が床に座り込んでいた。


「ちが……違った」


井上の体から力が抜けている様子がわかる。


手足をだらしなく床へと投げ出したまま、起き上がろうとしない。


壁に体重を預けたまま、呆然としている。


その様子を見て、村瀬は遺体を振り返った。


しっかりと、その目で確認する。


たとえ井上が違うと言っても、変わり果てた姿から別人に見えてしまった可能性も否定できない。


髪の長い女。


姿形は絵理香にとてもよく似ていた。


村瀬は半歩近づき、まじまじとその遺体を眺めた。


「違います。この女性は絵理香ではありません」

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