第3章 交錯
第43話
日曜日の午後、スポーツジムはマシンの空きがないほど混雑していた。
丸山久司は、走行距離と消費カロリーを確認したあと、ランニングマシーンの速度を落とした。
コンベヤーがゆっくりと停止し、丸山はマシンから降りた。
首からぶら下げているタオルで、額から流れる汗を拭きとる。
その時、となりのマシンで走っていた男が、突然胸を押さえて苦しみだした。
丸山は慌てて、その男に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
丸山はランニングマシンを緊急停止させたが、男はコンベヤーの動きに流され、頭から後方へと倒れた。
「栗原さん!」
紺色のジャージを着たスタッフたちが、異変に気が付き集まってくる。
ジムの利用者も倒れた男の元へと集まりだした。
「栗原さん、聞こえますか? 栗原さん!」
女性スタッフが男の耳元で大きな声を出す。
だが、栗原と呼ばれたその男は、ぴくりとも反応を示さない。
だらしなく開かれた口元から、泡のようなよだれが流れ出した。
騒然としていたジム内は、一瞬にして静寂に包まれた。
スポーツジムのインストラクターたちは、こういった突然の事故を踏まえたうえで、緊急救命処置を習っているようだ。
手早く男の周りを囲み、脈を取ったり、心臓マッサージなのか胸の辺りをしきりに触っている様子が見て取れた。
「栗原さん、今救急車呼びましたよ。しっかりしてください」
今度は別のスタッフが栗原の耳元で大声を張り上げた。
丸山は、その様子をただ黙って見ていることしかできなかった。
横たわる男は、死んでいるように見えた。
呼吸をしているなら、肺の辺りが空気を含んで盛り上がったり、下がったりするはずだ。
それなのに、倒れている男の胸元は全く動いていなかった。
栗原を囲む円の中心部にいた丸山は、息苦しさを覚えて、その輪から離れた。
さっきまで隣で走る男に異変を感じることはなかった。
ランニンングマシーンの速度も、オーバーワークと思える感じではなかったし、倒れる寸前にもおかしな様子もみられなかった。
丸山は似たような年齢の男が倒れたことに恐怖を覚えていた。
「20代でも突然死があるのか……」
丸山は小さな声で思わず呟いた。
若さから、死は遠い存在でしかなかった。
それが現実として目の前で見せ付けられてしまったのだ。
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