第42話

その姿を見送ったあと、里美は警察署内の部屋に通された。


会議などに使われる部屋なのだろうか。


あまり大きくはないが、正面にはホワイトボードが置いてあり、横長の机が四角く囲むように配置されている。


里美は入口近くのパイプ椅子に腰を下ろした。


「今、部下たちが浅沼の家に向かってくれている。その間に、話を聞かせてくれないか」


五十嵐はタバコを取り出すと、それに火をつけ大きく煙を吸い込んだ。


里美はこれまでの経緯を五十嵐に話した。


「これは一刻を争う事態だ……」


里美の話を聞いた五十嵐は低いうなり声をあげる。


指に挟まっているタバコから、灰がポトリと床に落ちた。


五十嵐のスーツのポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いている。


タバコを灰皿に押し付けると、五十嵐は携帯電話を取り出した。


「なに? いないだと? すぐに捜しだせ!」


大声をあげたかと思うと、五十嵐は乱暴に携帯電話を切った。


「荷物をまとめて出て行ったそうだ。どこへ行ったのか浅沼の母親もわからないらしい」


五十嵐が力なく椅子へと腰かけた。


「そんな! どうして浅沼さんは辞表を出して行方をくらましてしまったんですか? 五十嵐さんは、浅沼さんがこのまま刑事を続けられるようにしてくれたんですよね?」


里美は、浅沼がここでどんな取り調べを受けていたのかを知らない。


どうして、浅沼が姿を消さなければならないのか、その理由を想像することはできなかった。


「これが、あいつの正義なんだろう。あいつなりの責任を取ったんだ……」


あい・すくりーむの一件と、過去に浅沼の母親が犯した罪。


浅沼にとって、それは重たすぎたのだろう。


正義感から、刑事を続けていくのが困難だったのかもしれない。


そして、真実を知ってしまった浅沼は、自分の母親と元の生活に戻ることができなかった……。


「人数を増やして、浅沼を捜しだす」


五十嵐は里美を残して部屋を後にした。

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