第37話

里美はソファから飛び降り、走って玄関へと向かった。


久し振りに見る母親の悦子は、少しやつれていた。


「里美、色々とごめんなさい。お母さんは……」


靴を履いたまま、玄関先で頭を下げる悦子を里美が制した。


「お母さん、それどころじゃないの! 早く来て。見てもらいたいものがあるの」


里美は悦子が戻ってきたら、どうやって応対したらいいのかと考えていた。


悦子に対して言いたいことはたくさんある。


悪意がなかったにしろ、悦子たちのせいで多くの人の命が奪われたことは紛れもない事実だ。


そして、23年前の事件……。


そんな里美の複雑な思いを吹き飛ばしたのは、存在するはずのない忌まわしき携帯彼女だった。


里美の深刻そうな様子を見て、悦子が慌てた様子で靴を脱ぐ。


ふたりはリビングへと向った。


里美はテーブルの上に置いておいた携帯電話を拾い上げると、それを悦子へと差し出した。


悦子は何が何だかわからないといった表情で、渡された携帯電話を手に突っ立っている。


「開いて見て」


悦子は恐る恐る携帯電話を開いた。


「そんな! そんなバカな……」


悦子が口を押さえてその場に崩れ落ちた。


「浅沼さんは? 早く浅沼さんに連絡を取らないと、犠牲者が増えてしまう……」


「わからないわ。お母さんとは別々に事情聴取を受けてたから……」


悦子が戻ってきたのだから、浅沼ももう戻っているかもしれない。


「お母さん、浅沼さんの連絡先わかるよね? 今すぐ電話して」


悦子はカバンの中から携帯電話を取り出す。 


悦子の携帯電話に付けられていた四つ葉のクローバーのストラップは、はずされていた。


数回のボタン操作の後、悦子は携帯電話を耳にあてた。


その時間は永遠にも似た長く重たいものだった。


――浅沼さん、お願い出て!


しばらくして悦子が携帯電話を耳から離した。


「ダメだわ。繋がらない……」

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