第36話

中島典子と別れた里美は、いったん家の中へと戻った。


なぜ携帯彼女が生み出されてしまったのか、その理由を確かめるべく、歩道橋で目撃してしまった携帯彼女の行方を追っていた。


だが、もうその必要はない。


今、里美は携帯彼女を手にしている。


「裕之の好みのタイプとは違うな……」


ボーイッシュな印象の携帯彼女に違和感を覚えた。


裕之は、髪の長い子が好きだった。


里美が短めに髪の毛を切ろうとしたとき、裕之はムキになってそれを止めた。


中島典子も髪は長かった。


「赤外線で誰かから回ってきたのかな? でも彼女の口ぶりからいっても、自分でダウンロードしたとしか思えないし……」


中島典子は裕之は『あい・すくりーむ』に興味を持ったと言っていた。


それは、自ら携帯彼女を製作し、ダウンロードしたということになるのではないか。


里美は裕之の携帯電話を操作しブックマークを開く。


「あった……」


あい・すくりーむを選んで、ボタンを押す。


が、当然サイトには繋がらない。


あい・すくりーむはすでに閉鎖している。


今度は赤外線を使って里美の携帯電話に移るか試してみたが、これもダメだった。


「あたりまえか」


携帯彼女を、女である里美の携帯電話に移すことはできない。


携帯彼氏が男の携帯に移すことができなかったのだから、これも当然のことだろう。


里美は冷蔵庫から飲みかけの缶コーヒーを取り出して、それを一気に飲み干した。


ソファに腰掛け、溜息を洩らした。


あい・すくりーむのサイトには携帯彼女は準備中と書いてあったはずだ。


それなのに、こうして実際に携帯彼女は存在している。


「どうしてなの……」


里美のひとり言は、誰もいない部屋にわびしく染み渡った。


玄関から物音が聞こえてきて、里美は驚いて体をびくっと反応させた。


鍵穴に、カギが差し込まれる音が聞こえる。


――まさか!?


「ただいま……」


声の主は、里美の母親、悦子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る