第35話

「でも、里美さんが無事でいてくれてよかった。裕くんも、喜んでると思います」


中島典子の言葉に、里美は声を押さえることができず、その場でむせび泣いた。


「裕之って、ホントバカですよね。私のことを捨ててあなたと付き合ったのに、それなのにどうして私の心配なんか……。恋愛感情だって、とっくに冷めていたはずなのに」


里美の目から涙が止まることはなかった。


次から次へと、悲しみが涙となって零れ落ちる。


「今度、裕くんのところに、拝みにきてあげてください。彼も喜ぶと思います」


それだけ言い残すと、中島典子は里美から裕之の携帯電話を受け取り、背中を向けて歩き出す。


「ちょっと待ってください」


里美は慌てて声をかけた。


「裕之の携帯電話、貸してもらえないでしょうか?」


里美は、あれからずっと、歩道橋で見た髪の長い携帯彼女をの行方を探していた。


だが、まったく手がかりがなく、今だ見つけることができていない。


悦子も戻っておらず、五十嵐からの連絡もなかった。


今日もこれから、警察署に足を運んだあと、髪の長い携帯彼女の行方を追うつもりで家を出たところ、中島典子に声をかけられたのだ。


「携帯……ですか?」


中島典子はきょとんとした表情を浮かべた。


「少しの間でいいんです。調べたいことがあって」


里美の申し出に、中島典子は少し困った表情を浮かべた。


「メールの履歴とかは絶対に見ません。お願いです」


里美は頭を下げた。


今さらふたりのやりとりを覗くなんて悪趣味なことはしない。


そんなことよりも、携帯彼女が問題だ。


これを悦子と浅沼に見せて、早くなんとかしてもらわなければ、携帯彼氏の二の舞になってしまう。


蔓延する前に、止めなくてはならない。


「わかりました」

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