第34話

最初に話していたときには、棘があった中島典子の物言いも、今ではすっかりおだやかな口調へと変わっていた。


里美は裕之の携帯電話を握りしめたまま、中島典子をまっすぐに見つめた。


「裕くんの思い……って言っても、彼はもうこの世にはいないので、憶測でしかないんですけど」


中島典子が初めて笑顔を見せた。


「私も、携帯彼氏の噂は知っています。もっともその噂のことを知ったのは、裕くんが死んでしまって、だいぶたってからでした。もっと早くそのことを知っていたら、裕くんは死なずに済んだんじゃないかって思います」


つい数分前、裕之の死を里美のせいにしていた中島典子が今度は自身を責め始めた。


「裕くんは、里美さんを助けたかったんだと思います。あい・すくりーむからダウンロードしてきたものが危険なものであると気がついた裕くんが、それを里美さんに伝えようとしていた。それなのに、何にも知らなかった私は、裕くんが里美さんに会うことを阻止していたんです」


中島典子は自嘲するように、小さく笑い声を立てた。


「里美さんから彼氏を奪って、その上嫉妬して……。私は最低な女です」


里美は、恋人裕之を奪っていったのが、中島典子でよかったと思った。


裕之が心変わりしたとしても納得がいく。


自分が中島典子の立場なら、絶対こうはできなかっただろうと里美は思った。


人の彼氏を奪うことは関心できないが、中島典子はそれをきちんと里美に謝った。


どんな対応をされるかもわからない元カノのところへ、わざわざ故人の遺志を伝えるために、出向いてきたのだ。


里美は首を横に振った。


今の自分の気持ちを言葉で表すのは難しかった。


里美に対して愛情をなくした裕之が、心配していてくれたことが嬉しかった。


涙があふれ出し、里美の視界は歪んだ。


もう2度と会うことのできない、かつての恋人裕之。


裏切られ、傷ついたままでいた方が、里美は裕之のことを忘れることができただろう。


最後の最後に見せられたやさしさに、胸が張り裂けそうだった。

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