第16話

「由香、ごめん。気分があまり良くないから、今日はもう解散してもいいかな?」


里美は大げさに顔をしかめ胸元を押さえた。


「大丈夫? 早く帰った方がいいよ。あんな事故を見ちゃった後だし、ご飯は今度ゆっくり行こう」


「ありがとう。じゃ、私行くね」


腰を浮かせた里美に由香が心配そうに近づいてくる。


「家までついていこうか?」


由香のやさしい言葉に、里美の心は固まった。


――私ひとりで決着をつける……。


「ありがとう。でも大丈夫だから」


またねと言い残し、里美は駅に向かって歩き出す。


背中に感じる由香の視線。


里美は立ち止まり振り返った。


由香は心配そうな顔で、里美のことを見つめていた。


「絶対に由香のこと巻き込まないからね」


里美は小さな声でつぶやき、由香に向って手を振った。


公園を抜けた曲がり角までくると、里美は駆け足で駅へと向かった。


じっとりと粘り気のある汗が、背中を濡らした。


呼吸が乱れ、頭の中は渦を巻いたようにグルグルと回り続けていた。


目的地までの切符を購入し、滑り込んできた電車に飛び乗る。


――お母さんに、浅沼さんに、五十嵐さんに、このことを伝えなきゃ!


電車はもどかしいほど各駅に停まり、人を吐きだしては、再び飲み込む。


里美はポケットから携帯電話を取り出し、それを力いっぱい握りしめた。


まだ真新しい携帯電話。


そこには当然『携帯彼氏』の姿はない。


「どうして、どうして、どうして……」


里美は握りしめていた携帯電話を額にあて、唇を噛みしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る