第90話

里美は首を大きく左右に振った。


死の魔物が、手をこまねいて待っている。


今、由香に全てを打ち明ければ、里美は機種変更しなくても済む。


だが、携帯電話を無くしてしまった由香はどうすればいいのか……。


それを告げることは、由香を裏切ることになる。


『私は死にたくないから、機種変はできません。


由香はもうどうすることもできないから、カウントがゼロになるその時を静かに待って……』


そう告げるも同然だ。


とにかく、由香を救うにはラブゲージをこれ以上下げなければいい。


池に潜るか、水を全部吸い出してしまえば、由香の携帯電話を見つけることができるだろう。


あの携帯電話さえ戻れば、雅也と接触できるようになり、ゲージを復活させられるかもしれない。


方法はそれしかない……。


だが、里美には手段がない。


ダイビングをやったこともなければ、池の水をくみ上げることなど、到底無理な話だった。


――救えない……。助けられない……。


なんの打開策も見出せないまま、車は携帯ショップの駐車場で停車した。


重たい気持ちのまま、車から降りる。


里美は携帯電話を開いて、マサトシを見つめた。


由香をたった1人で死なせる訳にはいかない。


自分だけ助かったとしても、その後笑って生きていけるはずがない。


「さようなら」


そう呟くと、マサトシはきょとんとした表情を浮かべた。


その後、マサトシは何かを言いかけたが、里美はそのまま携帯をパタンと閉じた。


ゆっくりと目をつぶる。


大丈夫。


由香を死なせない。


そして、自分も死なない。


必ず見つける。


助かる方法を……。


先を行く由香の後を小走りで追いかける。


携帯ショップの自動ドアが開き、里美と由香を飲み込んだ。

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