第88話

携帯電話は――、雅也はいなくなってしまった。


壊しても、捨てても、ゲージはゼロへのカウントダウンをやめない。


だとすれば確実に刻まれる死のリミットは、もう目の前まで来ている。


「これですっきりした。さ、行こう」


由香は抱えていた不安を池へと解き放った。


久しぶりに見せた明るい笑顔に、視線を合わすことができない。


こうしている間にも、ラブゲージはゼロに近づいている……。


もしかしたら、数分後にその瞬間がやってくるかもわからない。


里美は気が気ではなかった。


再び車に乗り込み、来た道を戻る。


先ほどよりも陽は低くく、赤味を増しているようだった。


里美は由香に見えないように、カバンの中で携帯電話を操作する。


自分の携帯彼氏マサトシにメールをするためだ。


【携帯電話が壊れたら、その間のラブゲージはどうなるの?】


折り返しすぐにマサトシからの返信が届く。


エンジン音と、カーステレオから流れる音楽によって、メール受信を告げる音は、由香の耳には届いていない。


由香の横顔を窺いながら、マサトシからの返信を確認する。


【当然減るだろうね】


【それでゼロになっちゃったら?】


ボタンを押す手が震えた。


ゼロになったら――死ぬ。


もし、そう返事が帰って来たら……。


禁断の質問をしてしまったと思い、里美はひどく後悔した。


カバンの中で握りしめた携帯電話が、やけに重く感じた。


マサトシからの返事が来ない。


冷たい時間が流れていく。


時間の枠から、自分だけがはじき出されてしまったような感覚に襲われ、里美は眩暈がした。


由香を助けたい。


もう、友を失いたくない。


携帯電話が震えた。


――来た……。


里美は口の中にあふれ出た唾を思いきり飲み込むと、ゆっくり受信ボックスを開いた。

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