第87話

「この3日間、生きた心地がしなかったんだ。怖い話を聞いた夜、お風呂に入れなくなるくらいの臆病者だからさ。これでキレイさっぱりおしまいにできる」


由香の言葉に、決意が揺らぐ。


死に怯え、取り乱していた由香……。


事実を伝えることは、その恐れている『死』を宣告するようなものだ。


里美には、そんな酷なことはできない。


患者に余命を告げる医師も、こんな思いをしているのだろうか……。


万策尽きて余命を告げるか、諦めずにできる限りの治療を続けるか。


――そうだ、きっとまだ手はあるはず。


由香に真実を伝えずに、救う方法を考えればいいのだ。


――でも、どうやって……?


目の前にいながら絵里を救うことができなかったのに、どうやって由香を救うというのか。


「あ、そうだ!」


由香は突然方向を変え、公園中央にある池に向かって駆け出す。


気がついたときには、携帯電話が池に向かって弧を描きながら落ちていくところだった。


「ダメー!!」


トプン……。


里美が叫んだと同時に、携帯電話は池に飲み込まれた。


水面に波紋が広がる。


ゆらゆらと揺れる波紋は、まるで里美の心の中を映し出しているようだった。

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