第86話

何も知らない由香は、久々に浴びた太陽が心地よいのか、明るい笑みを浮かべながら大きく伸びをした。


「会社も休んでたの。来週からは、バリバリ働かないとね」


由香のセリフに、里美は何も言わずに頷いた。



由香の愛車が、小気味よいエンジン音を立て発進する。


「里美、なんか元気ないね。どうかした?」


「ううん、太陽がまぶしくて」


里美はわざと目を細めた。


ラブゲージ5……。


雅也からの着信のことを言えぬまま、車は郊外へと進む。


里美は無言のまま、流れ行く景色を見つめていた。


30分ほど走っただろうか。


木々の生い茂る公園の前で車は停まった。


由香がカバンの中から携帯電話を取り出し、車から降りる。


里美も慌てて後を追った。


住宅街から離れているからだろうか。


大きな公園にも関わらず、人の数はまばらだった。


「ここに捨てれば、もう戻ってくることはないよね」


ベンチの脇に設置されたくずカゴ目掛けて、由香は歩を進める。


里美はまだ迷っていた。


着信があったことを言うなら、今しかない。


携帯電話を捨ててしまえば、雅也との接触は途絶える。


そうなってしまえば、ゲージは減り、取り返しのつかないことになるのではないか……。


この携帯電話の中に、雅也はいる。


本当のことを言わなければ。

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