第84話

反応がなくなった携帯電話を手のひらに抱えたまま、里美は硬直していた。


蜘蛛の巣状の大きなひびが、待ち受け画面をおおっている。


そのひびは、うっすらとした光を背後から浴び、里美を絡め取ろうと粘つく糸を放ってくる。


囚われた蝶のように、里美は身じろぎひとつできない。


――ジ……ジジ…ジ


携帯電話からノイズが聞こえ始めた。


音はしだいに大きくなり、里美に精神的圧迫を与えてくる。


『真実が知りたい?』


とっさにこの言葉が頭をかすめ、里美はおそるおそる携帯電話を耳へと近づけた。


ジジジジ……ジ―


ノイズに混ざり、話し声のようなものが聞こえている気がした。


囁くような搾り出すような小さな声。


低い声で、聞き取ることができない。


ジ…デン…ジジジ…ワ…


――電話?


そう聞こえた気がした。


耳を凝らして注意深く声を探る。


突然、雑音が止んだ。


「ラブゲージ5」


冷たい声がはっきりと聞こえ、里美は驚いた拍子に携帯電話を落としてしまった。


声はとても低く、抑揚がない。


里美はその声に聞き覚えがあった。


由香の携帯彼氏『雅也』だ。


階段を上る足音が聞こえ、里美は慌てて携帯電話を拾い上げた。


手ごたえのないボタンを押して通話を終了させ、元のテーブルの位置へと戻した。


「どうかしたの?」


バタバタと慌てた様子の里美を見て、由香は不思議そうに首をかしげる。


言えない。


この無残に壊れた携帯に、雅也からの着信があったことなど……。


「ううん、なんでもない。どお? 少しは落ち着いた?」


シャワーの湯で温められた由香の肌は、先ほどまでの青白さから、血色のいいピンク色に染められていた。


「うん、ありがとう。私必要以上に怖がりすぎてただけかもしれない。ホントごめんね」


笑顔を見せてくれた由香に、なんと告げればいいのだろう。


里美は曖昧な笑みを返すことしかできなかった。

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