第83話

足下に予想していたモノが落ちていた。


耳を澄ますと、かすかにうなるような音が携帯から聞こえている。


それは、フローリングの床を少しずつ滑るようにして、里美に近づいてきた。


部屋の隅に積み重ねられていた雑誌が、突然雪崩のように崩れ落ち、里美は驚いて身を縮めた。


心臓が激しく収縮する。


怖いという思いが、高速に巡る血液に乗って体全体に行き渡った。


携帯電話が少しづつ近づいてくる。


里美にすがるように……。


通話ボタンを押せと言うように……。


背後で物音がした。


里美はとっさに振り返る。


さっき直したばかりのゴミ箱が倒れて、中のゴミが再び散乱していた。


着信ランプは点滅をやめない。


由香の本棚から、マンガの本がバサバサと乾いた音を立てながら落ちる。


迫る携帯。


悪意を感じずにはいられなかった。


このまま電話を無視続ければ、もっとよくないことが起こる……。


そう感じた里美は、覚悟を決めて携帯電話を拾い上げた。


携帯電話はわずかに熱を帯びながら、里美の手のひらに振動を伝えてくる。


この感覚を知っていた。


――間違いない。かかってきてる……。


一呼吸おいた後、意を決して携帯電話を開いた。


壊れているはずの画面が、着信ランプと共に薄明るい光を放っていた。


里美はこわごわと通話ボタンを押す。


手ごたえがない。


ボタン部分も無残に壊れ、縦に大きくひびが入っている。


数字を認識するのも難しいほどだ。


ボタンを押したという感覚は得られなかった。


だが、通話ボタンを押した途端、着信ランプが消えた。

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