第82話

――そんな!


携帯彼氏『雅也』が里美に電話をかけてくるなんて……。


由香は自分の携帯電話の着信ランプが消えたことに気がついていない。


ベッドの上でうなだれるようにして座っていた。


里美はこれ以上由香を混乱させまいとして、そのまま携帯電話をカバンの奥へと押しやった。


「出ないの?」


由香の力ない声。


「マサトシからだったら、早く出ないとゲージが減って、殺される!」


今度は怒声を張り上げた。


「大丈夫。マサトシからじゃないから」


これは本当だった。


言えるはずがない。


雅也からの電話だとは……。


「ね、待っててあげるから支度して出かけようよ」


乗り気じゃない由香の手を引いて、無理やりバスルームへと連れて行く。


シャワーでも浴びれば、少しは気分も軽くなるだろ

う。


遠いところまで、由香の携帯電話を捨てに行きたかった。


決して戻ってこないようなところへと、葬り去ってしまいたかった。


里美は中からシャワーの音が聞こえてきたことを確認すると、由香の部屋へと戻った。


ゾクッ。


部屋に入った途端に、背中を氷が滑るような嫌な寒気があった。


カーテンが意志を持った生き物のように、激しくはためいていた。


カバンの中で、携帯電話が鳴っていた。


テーブルに置かれた由香の電話を確認する。


ランプはついていない。


里美は唾を飲み込み、辺りを見回した。


誰もいないはずの部屋に、気配を感じる。


意識を他へむけようと、散らばったゴミを片付ける。


その時、里美の携帯電話の音が止んだ。


里美の後ろには、テーブルの上に置かれた由香の携帯電話がある。


きっとランプは点滅している……。


里美は振り返れなかった。


振り返りそれを確認したところで、一体何になるというのか。


確認すれば、より一層の恐怖と不安が募るだけだ。


里美はそのまま掃除を続けた。


ゴトッ……。


突然、背後で何かが落ちた。


音の感じから、あまり大きくない固い物であるとわかる。


背中に感じるおぞましい気配に耐え切れなくなり、里美はゆっくりと振り返った。

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