第81話

無音のまま着信ランプは点滅を続けていた。


「いやだな。あるよ、こういうこと。故障ではよくある症状だよね」


里美は思わず胸を撫で下ろした。


携帯電話をトイレに水没させてしまったとき、これによく似た症状を見たことがあった。


「ずっと鳴り続けてるんだよ」


「そりゃ、故障してるんだから仕方ないよ」


「あれからずっと」


「そうなんだ」


「充電してないのに……」


由香の言葉に、動きが止まる。


3日間も着信ランプが点滅し続けているのに、バッテリーがなくならないのはおかしい。


「どうして、捨ててなかったの? 駅のゴミ箱に捨ててくるわけにはいかなかったから、とりあえず持ち帰るかたちになったけど、すぐに処分するって言ってたじゃない」


「捨てたよ。小さなビニールの袋を何重にも重ねて、何回も固く結んで。それで燃えないゴミと一緒に出したよ。なのに、戻ってきた」


そんな馬鹿な……。


「町内会長してるおばさんが、家まで届けにきたの。携帯電話捨てられたよって。私がどんな携帯持ってるかなんて知らないはずなのに、ゴミ袋の中に、うちのものだって分かるものなんて一切入ってなかったのに」


「ゴミの中にダイレクトメールとかが紛れてたんじゃないの?」


「燃えないゴミに、紙類が混ざりこむことはないよ。お母さん分別はしっかりする人だから」


由香はとても几帳面な性格だ。


その母親がゴミの分別を適当に済ましているとは考えにくい。


じゃあ、どうして由香の携帯電話はここへ戻って来られたのか……。


突然カバンの中から、里美の携帯が鳴り響く。


その音で、里美も由香も軽く飛び上がった。


カバンから携帯電話を取り出す。


ふとテーブルに置かれている由香の電話に目線をやった。


さっきまで、点滅を繰り返していたはずのランプが何事もなかったかのように消えている。


里美の携帯画面に繰り返し表示されている名前。


それは……。


『雅也』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る