第79話

ピンクのカーテンが引かれた由香の部屋は、ひどく荒れていた。


床には雑誌や本がばら撒かれ、ゴミ箱はひっくり返り中のものが全て散乱している。


几帳面な由香からは、とても想像できないありさまだった。


室内の空気は淀んでいて、すえた臭いが漂っていた。


薄暗い部屋に小さなハエが無数に飛び交い、耳障りな羽音を立てている。


「外、いい天気だよ。カーテン開けて空気の入れ替えでもしない? 気分よくなると思うよ」


本当は、すぐにでも何があったのか聞きたかった。


だが由香の様子と部屋の状態を見たら、すぐに聞くことはできなかった。


よほどのことがあったに違いない。


でなければ、こんな風にカーテンを閉め切ったまま、部屋を散らかしているなんてありえない。


ベッドに腰掛けたまま動かない由香にかわり、里美はカーテンを開けた。


遮断されていた光が、容赦なく部屋の中へと差し込む。


光の筋が、舞い上がる埃と、乱れた室内を照らした。


里美は窓を開け、外の空気を思い切り吸い込んだ。


室内の臭いは、とても耐え難いほどだった。


「気分転換にちょっと出かけない? ずっと家にいたんでしょ?」


臭いの元は、由香からも発せられていた。


この3日間、風呂に入っていなかったのだろう。


それよりも強烈な臭いを放っているのは、テーブルの上に置かれた食べ物からだった。


お皿に盛られたおかずに、ハエがたかっている。


腐敗が進んでいるようだ。


隣に置かれているご飯は、見るからに水分がなくなっているのがわかり、食堂のガラスケースに並べられたサンプルのように見えた。


「あの事故のこと、まだ忘れられないの? ちゃんと食事摂らないと、体に悪いよ」


「電話」


由香は里美の言葉が耳に入っていないようだ。


表情を動かさずに「電話」という言葉を繰り返す。


「電話がどうしたの?」


由香の視線の先を見やる。


――!


思わず飲みこんだ息が里美の喉を鳴らす。


テーブルの上に携帯電話が置かれていた。


あの日、由香が果物ナイフを振り下ろして壊した携帯電話――。


こんな禍々しいものを大事に取っておくなんて……。

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