第5章 消せない不安

第76話

地下鉄での事故後、由香との連絡は途絶えていた。


あれからまだ3日しか経っていないというのに、遠い昔の出来事のような気がしてならなかった。


由香の携帯電話が壊れたことで、連絡がつけにくくなっていた。


自宅に電話をかければいいのだが、夜遅くだと家の人の迷惑になるし……などと考えているうちに、だんだん腰が重くなっていった。


里美は改めて、携帯電話の重要さと恐ろしさを知った。


どんなに仲がいいと思っていても、こうして携帯電話がなくなってしまえば、関係はどんどん薄くなっていってしまう。


この世の中から、携帯電話がなくなってしまったら、自分の元には一体何が残るのだろう……。


ふとそんなことを考えて悲しくなった。


この電話の中には、これから先のスケージュールも、想い出の写真も、友達の携帯番号も入っている。


電話をなくしてしまったら、それら全てのものを失うことになる。


携帯電話の番号しか知らない友達がほとんどだった。


メールアドレスしか知らない友達もいる。


――そんなの友達って呼べるの?


里美は自分自身に問う。


携帯電話というものが存在していなければ、間違いなく切れている関係……。


携帯電話に依存しているつもりはない。


だが、いつもすぐに手が届くところにおいておかなければ気が済まなくなっている。


時間を確認するのも携帯。


目覚ましも携帯電話のアラーム。


こんな小さなものに、どれだけのことを要求していくのだろう。


そして、彼氏まで……。


里美は携帯電話を開いた。


携帯彼氏マサトシが画面の中で動いている。


里美の全てが詰まった携帯電話を陣取るように、それらを蝕むように……。


ラブゲージは30をキープしている。


0にならないように、100にならないように、里美はこまめに携帯電話の画面を確認していた。


疲れていた。


『携帯彼氏に殺される』


この言葉が里美の脳裏に焼きついたまま消えない。


いっそのこと、由香のように携帯電話を壊してみようか……。


あれから由香はどう過ごしているのだろう。


着替えを届けにきた里美の母親悦子と、散らかった宿直室を片付け、由香を自宅まで送り届けたきりだ。


――由香、どうしてるかな……。


携帯彼氏から逃れられて、元気を取り戻せただろうか。


里美は迷った挙句、電話はかけずに直接家へと訪ねるてみることにした。

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