第75話

テーブルの上には、開かれた携帯電話。


画面には蜘蛛の巣のような形状をしたひび。


割れた欠片が、テーブルの上にばら撒かれていた。


由香は虚ろな目つきのまま、ただ黙って涙を流していた。


由香は右手に茶色い棒状のものを握り締めている。


その右手から、ポタポタと血が滴る。


足下に光るものを見つけ、里美は屈みこんだ。


蛍光灯に照らされ、輝きを放つ銀色のそれには、由香の血と思われるものがべっとりと張り付いていた。


それが果物ナイフであるとわかった瞬間、里美は顔から血の気が引くのがわかった。


慌てて由香の手を確認する。


手のひらが切れていた。


切り口はまっすぐではなく、何重にも重なり歪んでいた。


携帯電話の破片でつけられたと思われる細かい傷も、由香の手を赤く染めるに十分だった。


由香は果物ナイフで携帯電話を叩き壊そうとしていたのだ。


何度も打ちつけられた果物ナイフは、柄の部分から取れ、刃の部分が床に落ちていたのだ。


「怖いの……。怖かったの。死にたくないから。携帯彼氏は削除できない。だから、携帯電話を壊してやったの」


由香は息継ぎもせずに、棒読みのままつぶやいた。


「あの女の人も死んでしまった。携帯彼氏のせいで、死んだ。やっぱり死ぬんだよ。あの噂はマジなんだよ。里美も早くなんとかしないと、携帯彼氏に殺される……」


由香は再び果物ナイフの柄を取り、携帯電話を叩き始めた。


由香の携帯電話に付けられているかわいい女の子のストラップは、血で真っ赤に染められていた。


数分前の里美の姿を思い出させるかのような、血に濡れた姿……。


「アァァギャァァ―――!!」


耳をつんざく由香の悲鳴。


果物ナイフの柄を何度も何度も振り下ろし、奇声を挙げ続ける。


言葉にならない畏怖と不安が里美の体を縛り付けた。


由香を止めることもできぬまま、呆けたようにその様子を見続けるしかなかった。


『携帯彼氏に殺される』


由香の発した言葉が、壊れたレコーダーのように何度も頭の中で再生し続けていた。

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