第74話

由香の目前に立ち尽くしたまま、目を開けることができなかった。


頭の中で、恐怖におののく由香の姿がはっきりと映像化されていた。


マンションから飛び降りた真由美、ロッカールームで焼死した絵里、そして地下鉄に身を投じた女……。


次の犠牲者は……由香――。


真由美と絵里の死には携帯彼氏そのものというよりも、『リク』が原因であると考えていた。


そう信じたかった。


そうであってくれたなら、これ以上犠牲者を出さなくても済む。


だが、目の前で命を落とした女に、リクは関わっていない。


携帯彼氏の噂が、信憑性を増してきた。


――早く由香を助けなきゃ!


叩きつけるような音は、どんどん大きくなっていく。


きつく閉じた瞼から、涙があふれ出てきた。


里美は逃げ出したいほどの恐怖を無理やり心の隅に追いやり、意を決して目を開けた。


何が起きているのか、すぐに理解することができなかった。


由香は里美がシャワーに入る時と同じ位置に座っていた。


だが、様子がおかしい。


額がテーブルについてしまうくらい、体を前に倒していた。


そして俯いたまま、頭を大きく前後へ揺らし続けている。


綺麗にブローされていたセミロングの髪の毛が、逆毛を立てたかのように乱れていた。


頭の動きに合わせ、打ち付けるような鈍い音が部屋中に響く。


音は由香の手元、テーブルの上から聞こえている。


「ちょっと由香、何やってるの!?」


由香は何かを握りしめ、テーブルの上を叩いているようだ。


だらりと垂れた髪の毛のせいで、テーブルの上の様子を見ることができない。


辺りを見回すと、部屋の中が足の踏み場もないほど散らかっていた。


流しの下にある引き出しや引き戸が全て開けられ、中のものが散乱している。


「どうしたの? 由香?」


再び声をかけたが反応がない。


「由香!!」


肩を思い切り掴み、動きを止めさせる。


――!


里美は息を呑んだ。

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