第71話

里美は由香と共に構内にある宿直室に通された。


8畳ほどの広さしかない宿直室には、4人がけのソファーが1脚と小さな冷蔵庫、流しが備え付けられていた。


奥の壁には押入れがある。


寝泊りする際に使用する布団が収められいるのだろう。


「あまり綺麗ではないと思いますが、使ってください」


職員が頭を下げて出て行こうとしたのを慌てて呼び止める。


「あの、ゴミ袋ありますか?」


血の染みた服を、早く袋に入れて密封してしまいたかった。


「ああ、それなら流しの引き出しに入ってるから、適当に開けて使ってください。では終ったら声かけてください。改札近くの駅員室にいますから」


まだ若そうだ。


20代後半か、30代前半といったところだろう。


さっきは動揺していて、顔など見ている余裕などなかったが、なかなか端正な顔つきをしていた。


全身を真っ赤に染め、まともに歩くことすらできなかった自分が急に恥ずかしくなり、里美は慌ててシャワーの蛇口を捻った。


浴室が湯気で満たされるまでの間、家に連絡を入れた。


着替えを持ってきてもらわないことには、ここから帰ることができない。


あの血まみれの服に再び袖を通すことなど、想像しただけでもぞっとした。


ソファーに崩れるようにして腰掛けている由香に声をかけた。


「シャワー入ってくるね。お母さんが着替え持ってきてくれるから」


里美の声がまるっきり聞こえていないのか、由香は携帯電話に目線を落としたままだ。


「由香?」


耳元で大きな声を出してみたが、全く反応を示さない。


ショックからまだ立ち直れないようだ。


それは里美も同じだった。


目の前で人が死んだ。


それだけでも十分ショッキングなのに、あんな惨たらしい死を目の当たりにし、血と肉があたり一面に散乱している惨状に身を置いていたのだ。


気がおかしくならないわけがない。


ただ、里美は少しずつだが冷静さを取り戻しつつあった。


由香が取り乱している分、自分がしっかりしなければという思いが生まれたからだ。


これで由香の方が冷静だったら、里美はどうなっていたかわからない。


真っ青な顔でソファーにもたれる由香を気にかけながら、里美は血なまぐさい服を脱いだ。

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