第69話
顔にかかった血液が固まり始めたのか、表情を変えることができない。
本当は目を大きく見開き、大声を出して由香を呼びたいところだったが、それは叶わなかった。
ラブゲージの噂が真実味を帯びてきた。
この女の携帯彼氏のゲージはゼロになっていた。
飛び込む直前まで、女は携帯電話を手に握り締めていた。
ということは、あのタイミングでゼロになったと考えるのが正当だろう。
おそらく100になってしまったと思われる絵里、そしてゼロになった真由美。
新たな犠牲者もゲージはゼロになっている……。
里美は大量に血を浴び、片手に携帯電話を握り締めたまま、その場に立ち尽くしていた。
運転席の窓にあるワイパーが動き出す。
真っ赤に染まったガラスが、ワイパーの動きに従い本来の姿を現していく。
雪も雨も降らない地下で、ワイパーを取り付ける意味がわかった気がした。
飛び込んできた者の、血液と肉片を除去するために付けられているに違いない。
当然、埃などで窓が汚れることもあるはずだ。
本来それを取り除くために使用するのが正しい使い方だろう。
だが、目の前の様子を見ていると、まるで飛び込みを想定して付けられたようにしか考えられなかった。
運転席の扉が開き、中から青ざめた顔をした運転士が現れた。
背後から、複数の足音が近づいてくる。
駆け足でこちらへ向かって来ているのだろう。
まばらに打ち鳴らされる足音のリズムは、その場の空気をより一層緊迫したものへと変えていった。
里美は誰にも気がつかれないように、女の携帯電話を床へと戻した。
男達の野太い怒声が飛び交う。
突然背中を掴まれ、里美は大きく跳ね上がった。
女が地下鉄に向かって飛び込む直前に、視界の端に捉えた影を思い出す。
「大丈夫でしたか?」
声の主は、地下鉄の職員だった。
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