第66話
外に出ると午後の強い日差しが里美たちを照りつけた。
生暖かい風が、春の訪れを告げていた。
里美は季節の中で一番春が好きだった。
里美が4月生まれということもあるが、新しい始まりを思わせる春に、里美は毎年胸をときめかせる。
だが、今年の春はそういう気分になれない。
もしかしたら、これをきっかけに一番嫌いな季節に成り下がってしまうかもしれない。
里美は青空で暢気にあぐらをかいている太陽を睨みつけた。
由香と一緒に地下鉄駅へと向かう。
助かる方法を見つけると言ってはみたものの、里美にあてなどなかった。
2人の間に、居心地の悪い沈黙が続いていた。
「私、立体駐車場が苦手なの。狭いからハンドル操作が難しそうで。今日、車で来ようかとも思ったんだけど、これ以上、車に傷がついたらかわいそうだしね」
由香が無理やり笑顔を作る。
長い間友達づきあいをしているのにも関わらず、こんなにも話すことがないなんて初めてだった。
テレビドラマの話、好きな人の話、仕事の話……。
いつもなら、何時間でも話のネタが尽きることはないのに。
気まずい空気は、たわいもない会話すら生ませない。
「でも、車の免許があるだけで尊敬しちゃう。私の愛車は自転車だから」
「うん……」
再び訪れた沈黙。
呼吸するのも辛く感じられるほど、お互い黙り込んでいた。
地下鉄のホームは空いていた。
ラッシュの時間にはまだ早いようだ。
里美と由香は隣同士に並び、無言のまま地下鉄がホームに滑り込んでくるのを待っていた。
「あれ? あの人」
里美の横を通り過ぎて行った女に、見覚えがあった。
その女は携帯電話を開いたまま、里美たちの斜め前に立ち止まった。
「知り合い?」
「ううん、違う。今日由香と会う前に、たまたま見かけた人。あの人も携帯彼氏やってるんだ。後ろ歩いてたから見えたの」
「そうなんだ。じゃあ、あの人も……」
あの人も死ぬ――。
由香はきっとそう言いたかったに違いない。
里美たちは複雑な思いで、その女を見つめていた。
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