第61話

裕之の携帯電話に手が伸びた。


社会人の里美とは違い、大学生の裕之には誘惑も多いだろう。


里美はトイレの扉を睨みつつ、電話を手に取る。


「あ、そうだ」


里美はおもむろに、自分の携帯電話を近づけた。


男の携帯電話に、携帯彼氏を読み込んだら一体どうなるのだろう……。


裕之の浮気疑惑よりも、携帯彼氏の方が気になった。


2台の携帯電話を操作し、通信完了を待つ。




エラー




その文字が表示されたのと同時に、トイレの扉が開く。


里美は慌てて携帯を元の位置に戻した。


里美の携帯電話が激しく震え出す。


マサトシからの着信だ。


里美は携帯電話を開いた。


「どうしたの?」


「どうしたのじゃないよ。ひっどいな。男の携帯に回すなよなー」


マサトシが画面の中で肩をすくめる。


どうして男の携帯だとわかったのだろう。


何か認識する方法があるのか……。


「オレをフルのはいいけど、ちゃんと女の子を紹介してくれよ! オレはそっちの気はないからさ」


里美は驚きを隠せないままとりあえず頷き、携帯を閉じた。


「里美は病みあがりだし、あんまり連れまわしても疲れると思うから、今日は早めに帰ろうぜ」


初めて聞く裕之からのいたわりのセリフは、デートを早々に打ち切りたい一心から出た、虚言であることは明らかだった。


別の用事があるのかと聞きたかったが、怖くて聞くことができない。


「女と会う約束してる」


そうはっきりと言われてしまいそうな気がして、胸の中で打ち消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る