第54話

里美は五十嵐から目を逸らした。


「つらいと思うけど、どんなことでもいいから教えてもらえないだろうか」


里美の心臓が高鳴る。


「あの……私何も……」


里美の言葉に五十嵐がため息をこぼす。


「君も驚いただろう。ショックが大きすぎて、記憶の一部が欠落しているかもしれないな」


五十嵐は腕を組み、しばらく考え込む素振りをした後にゆっくりと話し出す。


「相川絵里さんには、何か悩みがあったのかな」


絵里に悩み?


里美は質問の真意がわからなかった。


「目の前で焼身自殺をされるなんて、君も大変だったね。喉に軽い火傷を負ってるって聞いたけど、痛みはない?」


自殺……? 絵里が?


「何も覚えていません」


里美はそう答えるのが精一杯だった。


自殺って一体どういうことなのだろう。


ロッカールームは、完全な密室だ。


目撃者は、里美しかいない。


それなのに、警察はどうして絵里の死を自殺と断定したのだろうか。


「遺書とかあったんですか?」


「それが何もないんだよ。ただ自殺だってことは間違いなんだが……」


五十嵐が渋い表情を浮かべる。


「実は、あのロッカールームにはね、隠しカメラが設置されていたんだよ。もちろん防犯目的ではなく」


そこまで言われて、里美ははっとした。


盗撮用に、カメラが仕掛けられていたなんて全く気が付かなかった。


本当なら烈火のごとく怒り狂う場面なのだろうが、盗撮用のカメラがあったことで、里美はいらぬ嫌疑をかけられずに済んだのだ。


「相川絵里さんが、自らオイルをかぶり火をつけたところがはっきり映っていたよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る