第53話

廊下から低い話し声が聞こえてきた。


しばらくすると、扉が2回ほど叩かれる。


返事も返さぬうちに扉は開かれ、中年の男が入ってきた。


病院の先生には見えない。


くたびれたスーツを着ていて、近づくにつれ服に染み込んだタバコの臭いが鼻を付く。


「上野里美さんだね」


男はそう言うと、少しだけ薄くなった頭を撫でながら黒い手帳を開いた。


「体の方は大丈夫かね」


そう聞かれても答えようがなかった。


ついさっき目を覚ましたばかりで、どうしてここにいるのかもわからなかった。


「ロッカーでの出来事だけど、詳しく話しを聞かせてもらえるかな」


刑事は五十嵐と名乗った。


背が低く小太りの五十嵐は敏腕刑事には見えなかったが、眼光の鋭さが経験と実績を物語っているようだった。


里美は先ほどのことを思い返す。


刑事にリクが犯人だと言ったところで、まともに取り合ってはくれないだろう。


あの場所にいたのは、里美と死んだ絵里の2人だけだ。


――ってことは、もしかして私疑われてる?

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