第49話

正確に言えば、人の形をした塊が携帯電話の画面から抜け出ようとしていた。


半身を画面から突き出し絵里に迫るそれは、皮膚がグズグズに崩れ、頭部にあるべき髪の毛はまるで見当たらなかった。


それどころか形は歪み、ところどころえぐられている箇所も見られた。


肌は既に肉としか呼べぬ状態で、皮膚が裂け中から黄色味がかった膿がジクジクと湧き出ている。


表面に纏っているであろう衣服は、その崩れた肉にべたりと張り付き、境目がわからなくなっている。


何色の服なのかも、血と泥によって汚されていて確認することはできない。


服を着ているとわかったのは、表面にできた数々の皺と、首のまわりにほつれた布が垂れ下がっていたからだった。


リクはみぞおちの辺りまで体を突き出し、両腕で絵里の肩をがっちりと掴んだ。


腰から下は、携帯電話の画面に収まったままだ。


その光景は3Dの映画を見ているような錯覚を起こさせた。


体の何倍も小さい画面から、大きな男の上半身が宙に浮くように飛び出している。


球形の肉と化した顔は、携帯電話に映し出されていたときのものとは程遠い。


鼻のおうとつも、唇も微塵の影すらない。


赤黒く溶けた顔は、白目の部分と歯が異常に際立っていた。


はっきりと識別できたのは、この2点だけだ。


その白目を剥き出しにし、歯を見せてニヤリと笑う。


口角を上げた拍子に頬の肉がどろりと垂れ落ちた。


湿り気と重みを伴った肉の塊が、ボタボタと零れていく。


その不気味な音がロッカールーム内を占拠した。


リクの腕から、首から、わき腹から、肉片が雪崩のごとく滑り落ちる。


何の摩擦も受けぬまま、重力に従い零れるそれは、絵里の足下に次から次へと降り積もっていく。

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