第48話

絵里は左手に携帯電話を握り締めていた。


いや、よく見ると携帯電話を自分から引き離そうと必死にもがいていた。


何が起きているのかわからなかった。


目の前に映るものが、とても現実世界とは思えなかった。


泥がこぼれ落ちるような、粘液が床に滴り落ちる音が聞こえる。


床を見やると、そこに落ちているのは赤黒い塊。


焦げ付く臭いと腐敗臭がロッカールームに漂う。


臭いの元は絵里の左手にある携帯電話から発せられているようだ。


「絵里、どうしたの!?」


声は出せるのに、足が全く動かない。


絵里の握り締めている携帯電話から赤い液体が滴り落ちる。


携帯電話の穴という穴から、ボタンの隙間からじわじわと染み出すそれは、あっという間に大きな染みとなり床に広がる。


先ほどの異臭に混じり、今度は錆びついた鉄のような臭いがし始めた。


絵里の携帯電話から白い煙が立ち始める。


「た、すけ、て」


途切れ途切れに聞こえる絵里の声は、今にも消え入りそうなほど弱々しい。


「絵里ー!」


煙を思い切り吸い込んでしまい、里美は激しくむせ返った。


なおも体が言うことをきかない。


体を前後に揺すってみても、足が床から離れない。


――どうしてよ!


立ち込める煙のせいで、視界が遮られる。


里美は目を凝らして絵里を見た。


絵里の目の前に、リクの姿があった。

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