第42話

手渡されたリップグロスを握り締めたまま、里美はその場で硬直していた。


確かめなくても、これが自分のものであることはすぐにわかる。


グロスの減り具合も先ほどまでとまったく一緒だ。


だが、それだけでは自分のものであるという確実な証拠にはなりえない。


里美は蓋の部分に付けられている、青色の星型をしたラインストーンを睨みつけた。


それは里美が自ら貼り付けたものだった。


背中に再び寒いものを感じる。


体中の産毛がすべて逆立ったようなざわつきに、里美は肩をすくめた。


さっきトイレで落としたものが、どうして店にあったのか……。


疲れのせいでおかしな錯覚を起こしただけだったのかもしれないと、里美は考えた。


――そうよ、グロスは店内に落としていて、トイレで塗っていなかったんだ。


そう心に言い聞かせながら恐る恐る唇に指を近づける。


本当は、触らなくても感触でわかっていた。


夢であってほしい、そう願い触れた唇はぬるりと滑り、唇に触れた指はキラキラと光沢のある粘液がべたりと付着していた。


里美はレジの脇にあるゴミ箱に勢いよくリップグロスを投げ込んだ。


こんな気持ちの悪いものを持っていたくなかった。


店に客が入ってくる気配はない。


店長も、本社へと出かけてしまい、里美はたった1人がらんとした店内に取り残されていた。


店内のあちこちに置かれている鏡が怖かった。


鏡越しにまたあの嫌な視線を感じてしまうのではないかと思うと、里美はレジカウンターから1歩も動くことができなかった。


何度も何度も時計に目がいく。


電池がなくなっているのではないかと疑いたくなるほど、針の位置は変わらない。

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