283g の日常。

朝日が差し込む病室。葉山絵里奈(28)は、長時間勤務の疲れも見せず、やさしく患者の手を握っていた。


「北条さん、今日の検査結果、良好でしたよ。もう少しの辛抱です」


絵里奈の声に、年配の患者は安堵の表情を浮かべる。


ナースステーションに戻った絵里奈は、同僚の水野と軽口を交わす。


「水野さん、今日の夜勤、代われない?デートの約束があって...」

「いいよ、代わってあげる。でも今度はおごりね」

「ありがとう!本当に助かる」


昼休憩、絵里奈はスマートフォンで恋人とメッセージを交換する。


「今日の7時、いつもの場所ね。楽しみにしてる♪」


返信を待つ間、絵里奈は窓の外を見つめる。桜の花びらが風に舞い、春の訪れを告げていた。


午後の回診。主治医の久保田先生と共に患者を回る。


「葉山さん、この患者の経過観察をお願いします。何か変化があったらすぐに報告を」

「はい、承知しました」


絵里奈は真剣な表情で患者のカルテをチェックする。その瞳には、医療への情熱が宿っていた。


勤務終了間際、絵里奈は更衣室で制服を脱ぐ。鏡に映る自分を見つめ、少し疲れた表情を浮かべる。しかし、すぐに笑顔に戻る。


「さあ、デートの準備をしなくちゃ」


絵里奈は軽やかな足取りで病院を後にする。春の夜風が彼女の頬をなでる。明日への希望と、今夜の約束への期待で胸が膨らむ。


彼女は、自分の人生がこれほど短いものだとは、まだ知らない。

コーヒーショップにて。


雨上がりの早朝、私はコーヒーショップの窓際の席に座っていた。通りを行き交う人々を観察しながら、特別な何かを探している。


そこに彼女が現れた。


20代後半、白衣のポケットから覗く聴診器。医療従事者だろう。濡れた傘を畳みながら店内に入ってくる姿に、私の目は釘付けになる。


彼女の一挙手一投足が、私の中で反響を呼ぶ。髪を耳にかける仕草、コーヒーを注文する声の調子、カウンターで待つ間の立ち姿。全てが生命力に満ちている。


私は彼女の様子を注意深く観察する。規則正しい動き、きびきびとした態度、そして何より、その眼差しの中に潜む強い意志。完璧な調和を感じさせる。


彼女がスマートフォンで何かを確認している間、私は彼女の生活を想像する。毎朝6時起床、30分のジョギング、このコーヒーショップでの朝食。そして病院での長時間勤務。帰宅後は料理か読書で過ごし、11時には就寝。


完璧なまでに規則正しい生活。そんな日々が生み出す理想的な調和。それは必ずや、美しい結晶となって彼女の内に宿っているはずだ。


彼女が店を出ていく。私も少し遅れて立ち上がる。距離を置いて彼女の後を追う。


彼女の歩く姿、周囲との関わり方、全てが私の興味を掻き立てる。地下鉄の駅に向かう彼女を見送りながら、私は次の行動を決める。


彼女の勤務先、生活パターン、社会的つながり。全てを調べ上げ、完璧な瞬間を待つ必要がある。


湿った空気が少しずつ晴れていく。私は彼女が消えた地下鉄の入り口を見つめ、静かに微笑む。


新たな収集への期待に、胸が高鳴るのを感じた。

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