255g

夜明け前の静寂が支配する。


薄暗い部屋の中で、天秤だけが存在を主張している。


緋が、かすかに震えながら、その上に置かれる。


指が緋に触れる。期待は既に消え失せ、残るのは冷たい観察の目。


冷たく、乾いた感触。想像以上に小さな曲線。


表面は荒れ、しわが寄っている。指で押すと、抵抗なく凹む。


もう一度やり直したい衝動。だが、それは許されない。


天秤の片方に、緋を静かに配置する。


もう片方には、分銅が並ぶ。


200g。天秤が大きく傾く。

50g。まだ軽すぎる。

5g。


天秤が揺れる。不安定に、そして儚く。


255g。


想像以上に軽い。期待を裏切る軽さ。


緋は、天秤の上で力なく横たわる。くすんだ色彩が、夜明けの微かな光をかろうじて反射する。


指が再び緋に触れる。弾力性を失い、表面は粗い。

微細な凹凸が物語る絶望。消え去った生の痕跡。


裏返せば、切断面が露わになる。不完全な楕円。醜い断面。

それでも、どこか愛おしさを感じる。


かすかな香りが漂う。生気のない、どこか悲しげな香り。

存在の痕跡すら、風に消されそう。


255g。


絶望的な重さ。歪んだ形。色褪せた色彩。


緋は、静かに眠る。


その存在が、部屋の空気を凍りつかせる。時間が止まったかのよう。


これでは足りない。これでは意味がない。

だが、諦めることはできない。


夜明けの光が差し込み、新たな一日の始まりを告げる。


闇の中で、果てしない探求への渇望が、より強く、より深く蠢きはじめる。

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